魔神
舞台では、貴族の雇われ剣士コルエンがいよいよ平民のリーダー格であるエストンを追い詰めていた。
「ここまでだな」
コルエンはそう言って剣をくるりと回す。
「諦めな」
「貴族の犬め」
エストンが吐き捨てた。
「きたねえ野郎だ。貴族にしっぽを振って、欲しいのは何だ。金か、地位か」
「へっ」
コルエンは構わずエストンに歩み寄る。
「理屈はいいんだ。おら、こっちに来な」
「寄るんじゃねえ」
エストンが剣を構えた。
「俺はこんなところで捕まるわけにゃいかねえんだ」
「やる気か」
コルエンは笑った。
「魔神の石を持っているのはお前だろう。手っ取り早くて助かるぜ」
「うるせえ!」
エストンが雄叫びを上げて突きかかり、コルエンがそれをあしらう。
激しい剣戟となったが、明らかにエストンのほうが旗色が悪い。
「くそっ」
エストンがうめく。
「ここまでかよ」
そのとき、舞台の陰から、誰かがコルエンの背中に飛びついた。
ポロイスだった。
「行け」
ポロイスはコルエンを羽交い締めにして叫んだ。
「王都へ。貴族どもを倒せ」
「ちっ」
コルエンがポロイスを振りほどこうとするが、ポロイスも必死の形相でしがみついて離れない。
「行け。行って大望を果たせ」
「すまねえ」
エストンがコルエンの脇を駆け抜けた。
「待て!」
コルエンが叫ぶ。
「お前の相手は俺だ」
ポロイスは叫んでコルエンから離れると、剣を抜いた。
コルエンが面倒そうに頭を掻く。
「邪魔をした報いは受けてもらうぜ」
「やってみろ」
ポロイスは剣を構えた。
「本当ならここでお前相手に長々と演説でもぶってやりたいところだが、俺は平民だ。そうもいかん」
その言葉にコルエンは思わず頬を緩める。
「うるせえな。潔く自分の役割を果たせ」
「そんなことは分かっている!」
ポロイスが怒りの形相で飛びかかる。
コルエンはわずか3合ほどでポロイスを斬り捨てると、エストンの走り去った方角を見て、腰に手を当ててため息をついた。
王都でエストンは牢獄を破り、捕らえられた仲間たちを救い出す。
不穏な情勢に、ティアたちの演じる貴族の婦人たちが平民を罵りながら恐れおののく場面が挟まれたりしながら、貴族と平民の決戦へのムードが徐々に高まっていく。
ルゴン率いる貴族のリーダーが、兵を動員して王都に潜むエストンたちを探し回る描写から、ついに突き止めた平民派のアジトへの突入。
アルマークたちのときと同じ、影で表現された兵士たちと切り結びながら血路を開くエストンをはじめとする平民たち。
そして、劇の冒頭の荒れ果てた街角に場面は戻る。
向かい合う貴族グループと平民グループ。
「ここまでだ、泥棒ねずみども」
貴族役のルゴンが言い放った。
「今日で貴様らのしみったれた面を見なくて済むと思うとせいせいするぞ」
「なんだと、てめえ」
言いかけたキリーブの声を、レヴィンが乱暴に遮った。
「喋るな。どうせ口を開いても、お前ら貧民の口から出るのは惨めな愚痴ばかりだろうが」
「そのとおり。責任の何たるかも分からず、欲しい欲しいと手ばかり伸ばす。実に浅ましい連中だ」
エッラがそう言って頷いた。
「言わせておけば」
そう叫んだのは、平民役の貴族ゼツキフ。
「自分たちだけいつもいい格好をしようとする。俺たちを踏み台にして。浅ましいのはどっちだ」
「そうだそうだ」
キリーブが続く。
「お前ら貴族がふんぞり返っていられるのは、俺たち平民がいるおかげだろうが」
お互いの非難の応酬が続く。
皆、それが演技なのかどうなのか区別がつかないほど真剣な表情だ。
劇の冒頭から続いていた不穏な空気が、加速度的に高まっていく。
「ねえ」
ウェンディが不安そうにアルマークを見た。
「これ、劇……だよね」
「うん」
アルマークは頷く。
だが、ウェンディがそう言うのも不思議ではないほどに、舞台の生徒たちの演技は真に迫っていた。
「でも、貴族が貴族を、平民が平民を演じているのなら、演技が真に迫るのも分かるんだけど」
アルマークは囁く。
「これじゃあお互いに自分の悪口を言い合っているようなものじゃないか。これ、どういう意図なんだろう」
「そうだよね」
ウェンディは頷いた。
「なんだか劇っていう以外に何か目的があるような……考え過ぎかな」
「いや、僕もそう思うよ」
アルマークはそう言って、エスカレートしていく非難の応酬を見つめた。
誰かが一言喋るたび、火花が散るかのように感情が渦巻くのが分かる。
その渦が、どんどん大きくなっている。
「この劇にはずっと壊れそうな緊張感があった。この劇をロズフィリアが考えたのなら」
アルマークの言葉をかき消すように、エストンが叫んだ。
「がたがたうるせえ!」
臨界点まで高まった緊張感。
それがいよいよ弾けようとしていた。
観客席は異様な緊迫感に、もうだいぶ前から静まり返って言葉もない。
「こっちにはこれがあるんだよ!」
エストンがそう言って高く掲げたのは、魔神の石。
「そう。あれだ」
アルマークは頷いた。
「この劇は、きっと壊すことを前提に作られてる」
「え?」
ウェンディがアルマークを見たときだった。
「いでよ、魔神ローズ」
エストンが叫ぶ。
その声に応じるように、石が光を放った。
講堂全体を覆うような強烈な光に、観客が皆、舞台から顔を背け、手で目を隠す。
その光が収まった時。
観客席から悲鳴が上がった。
貴族と平民の間に、禍々しい魔力を発散させた魔神が出現していた。
「出た!」
ネルソンが叫んだ。
「ロズフィリアだ!」
二本の角を持つ漆黒の魔神。その体のいたる所に描かれた奇怪な紋様が不気味な光を放っている。
「ずるいな、なんで一人だけあんなに派手な衣装なんだよ」
「そういえば」
ネルソンの言葉にノリシュが反応した。
「ロズフィリア、最近部屋に閉じこもってるみたいだって誰かが言ってたけど」
そう言って、圧倒されたように舞台の魔神を見つめる。
「あれ、作ってたんじゃないのかな」
下級生が泣き出しそうな迫力ある笑顔でにこりと笑った魔神ローズは、ゆっくりと口を開いた。
「わらわを呼んだのは、誰じゃ」
「俺だ!」
エストンが叫ぶ。
「俺たちがあんたを呼んだんだ」
「ほう」
ロズフィリアが微笑む。
「そなたが」
「魔神よ、惑わされてはならぬ」
ルゴンが言った。
「魔神の石の真の所有者は我らだ。奴らは単なる盗人に過ぎぬ」
「ふむ」
ロズフィリアがまた微笑んだ。
「魔神よ、俺たち平民を助けてくれ」
キリーブが叫ぶ。
「魔神よ、我ら貴族に力を」
エッラが叫んだ。
「なるほどな」
ロズフィリアは頷いて、客席に向かって一歩、踏み出す。
「そなたらの言うことは分かった」
そう言って、両手を広げる。
貴族も平民も、そして観客も固唾をのんで見守る中、ロズフィリアは満面の笑顔を浮かべ、厳かに言った。
「だが、どちらの言うことも聞かぬ」
「待て」
「嘘だろ」
ルゴンとエストンの悲鳴に似た声が重なる。
ロズフィリアが広げた両手に巨大な光がみなぎる。
「わらわの答えは一つ」
ロズフィリアは言った。
「皆殺しじゃ」




