緊急会議
昨日のことだ。
2組の劇の驚異の完成度を目の当たりにした3組の面々は、クラス委員のルクスの呼びかけで教室に集合した。
1組の劇を見たときもその質の高さに驚いてはいたが、それでも3組にはまだ余裕があった。
劇の内容が全く違ったからだ。
しかし2組の劇は、騎士を中心とした冒険ものであることなど、3組の劇とかなりの部分で似通っていた。
しかも、筋書き、演技、演出、全てにおいて3組の劇を上回っているのは明白だった。
「みんなに集まってもらったのは他でもない」
ルクスは教室に集まった全員を前に言った。
「うちのクラスの劇は、改良する必要がある」
その言葉に、意外な顔をする者はいなかった。
誰もが2組の劇を見ながら、痛感していたことだ。
「明日、うちの劇を練習の通りにやっても、2組の劇の真似事をしているようにしか見えない」
ルクスは言った。
「ああ。それもはるかに出来の悪い、な」
そう言って頷いたのはエストンだ。
「だが、今からでも遅くはない。改良できるところを改良して、部分部分で2組の劇を上回ることは十分可能なはずだ」
エストンがそう言って腕を組んだ。
「問題は、どこを改良するかだろう」
エストンと同じく貴族のキリーブが言う。
「はっきり言うが、僕の場面は手一杯だぞ。これ以上は負担できん」
「まあ主要な役を演じている人間に、これ以上負担を求めるのは酷というものだろう」
そう言ったのは、ゼツキフという、これも貴族の少年だった。
「改良するとしたら、裏方の演出だな。もっと派手にすべきだ」
その言葉に、裏方に回っている平民出身の生徒たちが顔を見合わせる。
「戦いの場面、2組は確かに光や影、氷の姿を映して派手に見せていたが、僕に言わせれば圧倒的に音が足りない」
ゼツキフは自信たっぷりに言った。
「今の演出の視覚効果を二倍にして、さらに耳をつんざくほどの大音量をかぶせる。これで今日の2組の劇以上に観客の度肝を抜けるはずだ」
「いい考えだが、戦いの場面だけでは不十分だ」
エストンが首を振る。
「演説の場面でも、聴衆のざわめきや雄叫びをもっと派手に響き渡らせよう」
そう言って、ポロイスを見る。
「君もそう思うだろう、ポロイス」
「僕は自分の台詞で精一杯だ」
ポロイスは首を振る。
「あの長い演説を、間違えずに言うことに集中している。他のことは君らに任せる」
「確かにゼツキフやエストンの言うとおりだな」
キリーブが感心したように頷いた。
「よし。演出を一から全て見直すぞ」
そう言ってキリーブが立ち上がった時だった。
「ちょっと待てよ」
険しい顔で言ったのは、ルゴンだ。
「さっきから好き勝手言っているが、今から演出を全部見直すだって? 演出担当の負担はとんでもないことになるぞ」
「なんだと」
キリーブが眉を寄せてルゴンを見る。
「演出には台詞もない。動きもない。魔法に集中すればいいんだ。できるだろう」
「簡単に言ってくれるな」
ルゴンが目を怒らせて立ち上がった。
「できるかどうか、自分でやってみたらどうだ」
「ルゴン。お前ばかり熱くなっているが」
ゼツキフが笑った。
「後ろを見ろよ。誰もお前に賛同していない」
そう指摘されてルゴンが振り返ると、裏方の生徒たちが気まずそうに目をそらす。
「不満があるとはっきり言うお前はまだいい。だが、お前の後ろの連中はいつも物事が決まったあとで、ぐずぐずと言い出す。どういう了見だ」
ゼツキフは不愉快そうに言い放った。
「レヴィン。エッラ。何か言いたいことがあるなら言ってみろよ」
ゼツキフの強い視線に、名指しされた生徒が青い顔でうつむく。
「ほら、ルゴン。何もないってよ」
嘲るようなゼツキフの言葉に、ルゴンは唇を噛んで睨み返す。
「というわけだ、ルクス。今日の2組を最低限のラインにして、演出を一から組み直す」
決定事項を伝達するかのようにエストンが言うと、ルクスは顔をしかめた。
「そういう強引な決め方は好きじゃないな」
「何が強引だ。ルゴン以外から文句が出たか」
エストンが目を剥く。
「もう明日が本番だ。いつものように次の日になってからぐずぐず言っても遅いんだ」
「お前ら、本当にそれでいいのか」
ルクスは困ったように、ルゴンの後ろに座る平民の生徒たちに呼びかけた。
「演出を見直すってことでいいのか」
「俺は嫌だ」
ルゴンが言った。
「直すなら、エストン。キリーブ。お前らの演技の方だ」
「なんだと」
「お前らは本当に2組の劇が、演出だけであんなに観客に受けたと思ってるのか。気持ちのこもったそれぞれの演技こそが、見ている者の胸を打ったんじゃないのか」
「また、あやふやなことを」
エストンが首を振った。
「演技の質など、今日明日でどうにかなるものでもないだろう」
「そもそも演技の良し悪しがお前に分かるのか」
キリーブもエストンに加勢する。
「舞台など、魔術祭でしか見たこともないくせに」
「少なくとも、お前らの演技が2組の連中に遠く及ばないのは分かるぜ」
ルゴンが言い返すと、キリーブとゼツキフが顔を見合わせて呆れたように笑った。
「だったらお前がやってみるか、ルゴン。心を込めた演技とやらを」
「どうして、俺が」
「お前が自分で言ったんだろう。どうすれば、もっと演技が良くなるのか教えてくれよ」
「そんなこと、自分で考えろよ」
「分からないのか」
キリーブが笑う。
「自分で出来もしないことを人にやらせようとするな」
それから、ふと真顔になって付け加える。
「前から言おうと思っていたが、武術大会で平民相手に勝ったくらいであまりいい気になるなよ」
「なんだと」
ルゴンが顔を真っ赤にしたときだった。
「私もおかしいと思う」
ルゴンの背後から、小さな声が上がった。
みんながその声の主を見る。
「ティア」
キリーブが険しい声を出した。
「今、何て言った」
ティアと呼ばれた平民の少女は震える声で言った。
「私、演出だけに押し付けるのはおかしいと思う」
キリーブがため息をつき、ゼツキフが大きな舌打ちをした。
だが、ティアの勇気に押されたように、今まで黙っていた平民の生徒たちが声を上げ始める。
「僕もおかしいと思う」
「俺もルゴンと同意見だ」
「あまりにやり方が乱暴じゃないか」
それに対してキリーブやゼツキフ、エストンたちが声を荒げて反論する。
「また、嫌だ嫌だと拒絶ばかりか」
「具体的な案を自分たちで考えたこともないくせに」
「何が具体的な案だ。いつもお前らは俺たちに押し付けてばかりじゃないか」
そう叫んだのはさっき黙ってうつむいたはずのレヴィンだ。
貴族出身の生徒と平民出身の生徒が、堰を切ったように言い争いを始め、何とか仲裁しようとするルクスの声が虚しく響く。
誰もがそれぞれに声を上げ、何も喋っていないのは一番後ろの席で机に足を載せて腕を組んでいるコルエンと、何かを熱心に書き留めているロズフィリアの二人だけだった。
双方の言い争いは徐々にエスカレートし、耳を覆いたくなるほどの汚い言葉が飛び交う。
いつ果てるとも知れない不毛な争いが続き、誰もが疲れの色を見せた時だった。
「ちょっといいかしら」
突然、ロズフィリアの声が教室に響いた。




