笑顔
合唱が終わると、アルマークは一生懸命に手を叩いた。
「よかったね」
そう言って隣のウェンディを振り返る。
「エルドもシシリーも、すごくよかった」
「うん」
ウェンディも手を叩きながら、頷く。
「素敵だったね」
「三つのクラスの中でエルドたちが一番良かった気がするよ」
アルマークは興奮気味に言う。
「僕の贔屓目かな」
「そんなことないよ」
ウェンディは笑顔で首を振る。
「私もエルドたちのクラスが一番声が出てたし、感情がこもってた気がするよ」
「うん。やっぱりそうだよね」
アルマークは嬉しそうに頷いた。
「いい合唱だった」
アルマークは、舞台を下りてきたエルドとシシリーに手を振る。
「エルド、シシリー。よかったよ」
「アルマーク。やっと見に来たな」
エルドが上気した顔で言う。
「どうだ。お前の劇に勝るとも劣らない合唱だっただろう」
「うん」
アルマークは素直に頷く。
「シシリーとけんかするほど一生懸命に練習した甲斐があったね」
「けんかなどしていない」
エルドはそう言って胸を張った。
「アルマーク、シシリーの歌どうだった?」
シシリーがにこにこと笑いながらそう尋ねてくる。
「すごくよかったよ。感動した」
アルマークが言うと、シシリーは嬉しそうに手を振り、エルドと連れ立って他のクラスメイトたちの方へと歩き去って行った。
「仲のいい二人だね」
ウェンディが微笑む。
「うん」
アルマークは頷く。
「いつも一緒なんだ」
「そうなんだ」
ウェンディは少し羨ましそうに二人を見送った。
「これからもずっと一緒にいられるといいね」
2年2組のダンスが終わると、アルマークはまた一生懸命に拍手をした。
「すごい。ラドマール、初日とは大違いだ」
「うん。他の子の動きとほとんど変わらない。全然悪目立ちしてなかったね」
ウェンディも拍手しながら頷く。
「努力の成果だね」
「すごいんだよ、ラドマールは」
アルマークは自分のことのように胸を張る。
「きちんと前を向けば、あれだけ粘り強く頑張れる生徒はそういないよ。イルミス先生も褒めていた」
「うん」
嬉しそうなアルマークの顔を、ウェンディも嬉しそうに見つめる。
「薬草狩りのときのラドマールとは別人みたい」
「変わったんだ」
アルマークは力強く頷く。
「変われるんだよ。少しくらい闇に魅入られたからって、おしまいじゃないんだ」
「そうだね」
ウェンディは微笑んだ。
「アルマークがあの夜、頑張ったからだよね。そのおかげでラドマールも変われた」
「僕なんて」
アルマークは笑って首を振る。
「自分にできることとできないことの区別もつかない。ラドマール! よかったよ!」
アルマークが立ち上がって手を振ると、舞台を下りてきたラドマールは露骨に嫌な顔をして、手で追い払うような仕草をした。
その隣で苦笑いしながらザップとフィタが代わりに手を振り返してくれた。
「ザップ、フィタ。よかったよ。頑張った」
そう言って一生懸命手を振るアルマークを見て、ウェンディが思わず噴き出す。
「アルマーク、なんだか昨日のネルソンのお父さんみたい」
「えっ、そうかな」
アルマークは顔を赤らめて椅子に座り直す。
「でも、嬉しいじゃないか。みんな頑張っているから」
「うん。そうだね」
そのとき、舞台を下りた2年生たちと入れ替わりに、3年生がぞろぞろと講堂に入ってきた。
「あ、3組だよ」
ウェンディが囁く。
3組の生徒たちは無言で舞台裏へと入っていく。
先頭に立っていたポロイスとルゴンも、途中にいたエストンとコルエンも、クラス委員のルクスも、皆険しい顔をしていた。
ただ一人、ロズフィリアだけが、笑いをかみ殺すような表情で最後尾を歩いていた。
「……ね」
まるで葬列のような3組の行列が通り過ぎた後、ウェンディがアルマークの顔を見た。
「ロズフィリア、楽しそうだったでしょ」
「うん」
アルマークは頷く。
ロズフィリアとはほとんど話したこともないが、アルマークはあの表情に見覚えがあった。
武術大会、レイラとの試合が始まる前に。
レイラと言葉をかわしながら、ロズフィリアが不意に浮かべたのがあの表情だった。
そしてロズフィリアは、レイラに勝った。
「何か楽しいことがあるみたいだね。この劇には、彼女にとって」
「ロズフィリアって、よく分からない子なの」
ウェンディは言った。
「同じクラスになったことがないからかも知れないけど。でも、それだけじゃないと思う」
「どう分からないんだい」
「うーん」
ウェンディは眉を寄せる。
「ロズフィリアは魔術も勉強もものすごく優秀なんだけど、いつも何を考えているのか分からないの。何だか一人だけ他の人とは全然別の場所から物事を見ているような」
「ああ」
アルマークは頷いた。
「なんとなく分かるよ」
「だから、私にはちょっと分からなくて怖い存在。レイラとは正反対」
ウェンディがそう言って微笑む。
「レイラのことは、分かるのかい」
少し意外に思ってアルマークは聞き返した。
「分かるよ」
ウェンディは優しい表情で答える。
「1年生のときから、レイラのことは分かるの。レイラも私のことは分かってくれる」
「そうなんだ」
ウェンディとレイラは仲がいい。
お互いに認めあっているように見える。
けれどアルマークは、1年生の時、二人の間に何があったのかは知らない。
ここにもまた、空白の二年間が横たわっている。
だがアルマークはそれを残念だとは思わない。
その二年間で、僕もいろいろな経験をした。
たくさんの出会いと別れ。
絶望と希望。
それはこの学院の二年間と比べても決して見劣りするものではないだろう。
それに。
アルマークは思った。
今、ウェンディは僕の隣にいてくれるじゃないか。
「劇の前に、腹ごしらえをしようか」
アルマークが言うと、ウェンディは嬉しそうに頷いた。
「うん。行こう」
それから、恥ずかしそうに付け加えた。
「魔術祭が三日間で良かった。もっと長かったら、私きっとすごく太っちゃう」




