最終日
翌朝。
アルマークとウェンディは連れ立って講堂へと向かっていた。
魔術祭の最終日。
すでに正門は開かれ、多くの来場者が押し寄せてきている。
そのほとんどの目当ては高等部の魔法具即売だ。聞いたところでは最終日の今日は売れ残った魔法具の叩き売りもあるらしい。
「俺たちも買いに行ってみるか」
昨日の打ち上げのときにネルソンがそんなことを言って、ノリシュに一笑に付された。
「叩き売りって言っても元々の値段が桁違いなのよ。私たちのお小遣いじゃクラス全員分集めたって一つも買えないわよ」
「うるせえな、分かってるよ。冗談で言っただけだよ」
ネルソンはむきになって反論していたが、それはすなわち、アルマークたち初等部の生徒も高等部まで進級すれば、それだけの価値のある魔法具を作ることができるようになるということでもある。
それははるか先の話ではない。わずか数年後のことだ。
数年後、アルマークたちの作った魔法具を求めて、世界中から魔術師や商人が押し寄せる。
それは、すごいことなのではないか。
「ねえ、ウェンディ」
講堂への道すがら、アルマークはふと思いついてウェンディに尋ねる。
「夜の薬草狩りのときに、魔法のかかった布を持ってきてくれたじゃないか」
「ああ、うん」
ウェンディは頷く。
「ラドマールたちに飛び足の術を掛けるのに使った布のことね」
「そう。それ」
アルマークは頷く。
「たとえばあれも、魔法具ってことで売り物になるのかな」
「うーん」
ウェンディは首を傾げる。
「あれは私が使うために準備したものだから、他の人には使いづらいと思うし、二日もすれば効果が抜けて、ただの布になっちゃうから。売るのは難しいかな」
「やっぱりそうか。難しいんだね」
「外ではそういうものが魔法具としてたくさん出回っているみたいだけどね」
ウェンディは残念そうな顔のアルマークを見て微笑む。
「だからこそ、この学院の魔法具は信頼性が高くて価値があるの」
「なるほど」
ノルク魔法学院の学生が作った確かな魔法具であるという信頼性。
だから、魔術祭にこれだけたくさんの人が訪れるのか。
そして。
「だからこそ、あんなにたくさんの人に僕たちの劇を見てもらえたわけだね」
「そうね」
ウェンディは微笑む。
「そうとも言える」
「高等部の先輩たちに感謝だね」
「うん。学院の信頼を長年築いてきた卒業生の先輩方にもね」
ウェンディの言葉に、アルマークはイルミスとライヌルの姿を思い出す。
あの二人も、かつては並んで魔法具を販売したのだろうか。
ウェンディは黙ってしまったアルマークを不思議そうに見て、ふと声を落とした。
「今日、ラドマールは大丈夫かな」
アルマークはその言葉に現実に引き戻される。
「少しずつ上達しているってフィタたちも言っていたけど」
「大丈夫だよ」
アルマークは頷いた。
イルミスのところで補習を受けていたラドマールの姿を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。
「ラドマールは、僕たちが思っているよりもずっとタフだ。きっとまた成長しているよ」
「アルマークがそう言うなら」
ウェンディはアルマークの笑顔につられたように微笑んだ。
「きっと大丈夫だね」
講堂の一般観客席は今日も満員だった。
アルマークとウェンディは生徒席のやや後方に並んで座る。
今日は何だか生徒の数が少ない。
モーゲンやネルソンの姿も見えない。
昨日、モルフィスたちとの一件があったせいで、ネルソンに怪我をさせてしまったのを謝るつもりが完全にタイミングを逸してしまっていた。
今日、講堂で改めて謝ろうと思っていたのだが。
「ねえウェンディ。生徒の数、少なくないかい」
アルマークの訝しげな顔に、ウェンディは特に驚く様子もなく答える。
「毎年こうよ。ほら、午前中は三日間ずっと同じ演目だから」
「ああ、そうか」
アルマークは納得する。
確かに、1、2年生の演目は毎日同じだ。三日も続けて見に来るのは相当な物好きだろう。
「なるほど、それでみんないないのか。午後の劇から来るつもりなんだね」
「うん。みんな昨日は打ち上げの後もお互いの部屋を行き来して騒いでいたもの。どうせ午前中は寮でのんびりしているのよ」
ウェンディはそう言って、ふと気遣わしげにアルマークを見た。
「ごめんね、もしかしてアルマークも寮でのんびりしたかった?」
「まさか」
アルマークは首を振る。
「実は1年生の合唱を一回も見てないんだ。見ないままで終わったら、エルドとシシリーに怒られてしまうよ」
「ならよかった」
ウェンディは安心したように微笑む。
「実を言うと私も、初日はあんまり舞台に集中できなくて。ほら、その後話し合おうってアルマークが言ってくれたから」
「ああ……」
恥ずかしそうにそう言うウェンディを見て、アルマークも一昨日までの自分の気持ちを思い出す。
ウェンディとどうやって話そうか、そればかり考えていた。
そして昨日の午前中は医務室にいた。
今日はお互いに新鮮な気持ちで演目を見ることができそうだ。
「それにしても少ないな」
アルマークが見回してみると、3年2組で顔が確認できるのは、キュリメとセラハだけだ。
あの二人は昨日の打ち上げで、明日は一緒に見に行こう、と騒いでいた気がする。
セラハは魔女の役を終えて、本当に肩の荷が下りたように明るく振る舞っていた。
そして男子は、アルマーク以外誰も来ていない。
「ウォリスも来ていないのか」
アルマークが意外に思ってそう言うと、ウェンディは笑って頷く。
「ウォリスはいつもそうよ。優等生だけど真面目じゃないの。自分で必要ないと思ったことはすぱっと切っちゃう」
「なるほど」
アルマークは頷いた。
「それよりも、私気付いたんだけど」
ウェンディが声をひそめる。
「1組の子はちらほらといるけど、3組の子が誰もいないみたい」
「え?」
アルマークは改めて席を見回す。
大半を占めているのは午前中に出番のある1、2年生だ。
その中に3年生の姿がぽつぽつとあるのだが、言われてみれば確かに3組の生徒の姿はないようだ。
「私、寮の前でアルマークを待ってる時に3組の子がぞろぞろ出てくるのとすれ違ったんだけど、誰も講堂に来てないの」
「ということは」
「うん」
ウェンディが神妙な顔で頷く。
どこかで練習しているのだ。本番当日だというのに。
「3組の劇、どうなるのかな」
アルマークは腕を組んだ。
「楽しみなような、怖いような」
「私は怖いほうが強いかな」
ウェンディは言った。
「昨日、3組の子たちが帰ってくるの見たでしょ?」
「ああ、見たよ」
アルマークは頷いた。
「驚いたよ。あのコルエンが疲れてたからね」
「うん、それもそうだけど」
ウェンディは上目遣いにアルマークを見た。
「アルマークは見なかった? そのコルエンの後ろ」
「え?」
「ロズフィリアがね」
ウェンディは不安そうに言った。
「一人だけ、笑ってたの。とっても楽しそうに」




