帰り道
とりあえずノリシュが、得意な風便りの術で寮のウォリスたちに自分たちの無事を伝えることになった。
「談話室の中にいると、風が届かないから」
ノリシュは心配そうな顔をする。
「あまり意味がないかも」
「ウォリスのことだ、きっと窓を開けてるよ」
アルマークは言った。
「彼はその辺、抜け目ないからね」
「いくらウォリスでも、この寒いのに窓なんか開けてるかなぁ」
モーゲンが首をひねる。
「寒いから閉めろってみんな怒るよ」
「そうか、みんなは寒いんだったね」
アルマークはモーゲンの言葉に、自分の感覚のずれを再認識する。
「忘れてたよ」
「アルマークは北生まれだから」
ウェンディがそう言って微笑んだ。
「これくらい、寒いうちに入らないのね」
「どれだけ寒いところなんだい、アルマークの故郷は」
モーゲンが身震いしてみせる。
「この寒さを忘れちゃうなんて」
「まあとにかく、風便りの術を送るだけ送っておこう」
レイドーが言った。
「その後で、急いで帰ればいいさ」
「うん。分かった」
ノリシュが両手を差し伸べるように前に出す。
一瞬の後、その手の中に風の塊が生まれた。
「いいよ、ネルソン」
ノリシュはネルソンを振り返る。
「喋って」
「お、おう」
ネルソンはぎこちなく咳払いした。
「えー、こちら、ネルソンと申します」
「何それ」
ノリシュが眉をひそめる。
「あんた、ふざけてるの」
「ふざけてねえよ!」
ネルソンが顔を赤くして言い返すと、ノリシュの手の中の風がそれに反応するように震えた。
「ああ、あんたの怒鳴り声も覚えちゃった」
ノリシュは苛立たしげにそう言って両手を交差し、風をかき消す。
「もう一回。今度は真面目にやってよね」
「真面目にやってるっつーの」
ネルソンは顔をしかめる。
「はい。どうぞ」
ノリシュの手の中に新たにできた風の塊に、ネルソンが緊張した面持ちで顔を近づけた。
「えー、ネルソンと申します」
ノリシュはまた顔をしかめたが、今度は何も言わない。
「私とノリシュさんは無事です。元気です。お腹は空いてます」
ネルソンは真剣そのものの顔で風に話しかけているが、その後ろではレイドーとモーゲンが笑いをこらえている。
「皆様今しばしお待ちください。それでは、ごきげんよう」
ネルソンが喋り終え、ノリシュが何とも言えない顔でその風を寮の方角へと吹かせると、モーゲンがこらえきれず噴き出した。
「ネルソン、何それ。自分のこと私って。あと、ノリシュさんって」
「さすがに、ごきげんよう、はどうかと思うよ」
レイドーにもそう言われ、ネルソンは顔を真っ赤にして腕を振り回す。
「うるせえな。苦手なんだよ、こういうの」
「もういいよ。早く帰ろう」
ノリシュが呆れたようにみんなを促す。
「ウォリスが窓を開けていないことを祈るわ」
七人は街を抜け、夜道を学院へと急いだ。
「そういえばネルソン」
アルマークはふとネルソンを振り返る。
「お父さんはちゃんと見送れたのかい」
「ああ。見送ったぜ」
ネルソンは頷いた。
「父ちゃん、すげえ喜んでたよ。劇も最高だったし、終わってからみんなも挨拶に来てくれて。嬉しかったって」
「そうか。それはよかった」
アルマークは微笑む。
「こっちに一泊くらいできればよかったのにね」
「ああ。そうなんだけどさ。実は仕えてる騎士様から、いろいろと用事を言いつけられてるらしい」
ネルソンは苦笑いして言った。
「これから帰りがけにガルエントルで済まさなきゃならない用事が三つくらいあるんだってよ」
「忙しいんだな」
「ああ」
ネルソンは頷く。
「大人は大変だよな」
「でも、ノリシュが最後に来てくれたから」
ウェンディが口を挟む。
「お父さん、驚いていたでしょう」
「まあな」
ネルソンは恥ずかしそうに答える。
「わざわざ港まで来てくれるとは思ってなかったみたいだしな」
「ノリシュ、急いでたもんね」
リルティがそう言って微笑む。
「間に合ってよかったね」
「別に、ただ挨拶が中途半端になっちゃったから」
ノリシュは前を向いたままで答える。
「失礼なままでお別れするのは良くないと思っただけよ」
「最後、お父さんはノリシュに何て?」
ウェンディが目を輝かせて尋ねると、ノリシュはそれに答える代わりに、うー、と唸るような声を上げた。
「どうしたの?」
ウェンディが覗き込む。
ノリシュは真っ赤な顔でもう一度妙な唸り声を上げた。
「ネルソンのお父さんが何て言ったか、僕が当ててみせようか」
レイドーが笑顔で言う。
「よせ」
「やめて」
ネルソンとノリシュが同時に声を上げ、それにリルティがくすりと笑う。
「僕はダメか。じゃあ他の人に聞いてみようか」
レイドーはアルマークを振り返った。
「アルマーク、ネルソンのお父さんはノリシュになんて言ったと思う?」
「え、僕かい」
レイドーに急に話を振られてアルマークは目を瞬かせる。
「うーん、そうだな」
夜空を見つめて、しばし考えた後。
「分かった」
そう言ってアルマークは自信満々にネルソンを見た。
「ノリシュさん、立派な魔術師になれるといいですね」
「さすがアルマークだ」
ネルソンが手を叩き、レイドーとモーゲンが噴き出す。
「正解だ。俺の父ちゃんはそう言ったんだ」
「もうそれでいいよ」
ノリシュも力が抜けたように笑う。
「え、違ったかい」
アルマークはウェンディを見た。
「分かるよ。アルマークの気持ち」
ウェンディは優しく微笑む。
「私たちみんな、立派な魔術師になれるといいね」
寮の正面の大扉の前で、壁に寄りかかってアルマークたちを待っていたのは、トルクだった。
「よう」
アルマークが近づくと、トルクはそう言って身体を起こす。
「トルク、待っててくれたのか」
アルマークの言葉にトルクは首を振った。
「お前じゃねえ。ネルソンに言いてえことがある」
そう言って、ネルソンを見る。
「俺? なんだよ」
ネルソンが訝しげな顔をすると、トルクは不意ににやりと笑った。
「ネルソンさん、ノリシュさん」
その言葉に、ネルソンが顔を歪める。
「ごきげんよう」
トルクは実に嬉しそうにネルソンに言うと、腹を抱えて笑った。




