中等部
「だーかーらぁ!」
ネルソンのいらいらした声がアルマークの耳にも届いてくる。
どうやらネルソンはかなり興奮しているようだ。
ノリシュが彼を落ち着かせようと、しきりにその袖を引っ張っている。
二人を囲むようにして、大柄な男子生徒が四人立っていた。
そのうち二人はアルマークたちに背を向けているので表情は見えないが、あとの二人の口元に嘲るような笑いが浮かんでいるのが見えた。
「中等部か。僕はまるで接点がないからな。レイドー、知ってる顔かい」
アルマークの言葉に、レイドーは頷いた。
「ああ、あれは中等部一年の連中だよ。全員、僕らの一学年上の男子だね」
「ジェビーとエイグがいる」
モーゲンが顔をしかめた。
「あいつら、威張り散らすから大嫌いなんだ」
「どうも一学年上の人たちとはあんまり友好的な関係じゃないみたいだね」
アルマークが言うと、レイドーもモーゲン同様に顔をしかめた。
「別に全員と仲が悪いわけじゃないけどね。薬草狩りでお世話になったりもしてるし。ただ、あの四人は特別なんだ。とにかく下級生に意地悪でね」
「吹かすんだよ」
モーゲンがローブに顔をうずめる。
「嫌な先輩風をびゅうびゅうと」
「とにかく、行きましょう」
ウェンディがそう言って、先頭に立って歩き出す。
「ネルソンが手を出す前に止めないと」
「一般の人を殴ったら大変だけど」
後ろからついていきながら、モーゲンがぼやく。
「あいつらなら、一発くらい殴っちゃえばいいんだ。頑張れネルソン」
「無責任なこと言わないの」
ウェンディがぴしゃりとたしなめる。
今までの人間関係があるのなら、レイドーたちに任せたほうが話が早いかも知れない。
それに、同じ学院の生徒なら少なくとも命の危険はないだろう。
そう考えて、アルマークは余計なことはしないことに決めた。
レイドーやモーゲンのさらに後ろから、目立たないようにネルソンたちに歩み寄る。
「ネルソン、ノリシュ。どうしたの、何かあったの」
ウェンディの声に、ノリシュが救われたような表情を見せた。
「ウェンディ。みんなも。よかった」
「二人とも、寮でみんな待ってるよ。早く帰ろう」
ウェンディが言うと、中等部の男子の一人が、大げさにため息をついた。
「おいおい、また五人も来たぜ。どうなってるんだ、今年の初等部三年は」
「え?」
ウェンディが眉を寄せると、その生徒は威圧するようにウェンディを見下ろす。
「初等部のガキ共がこんな時間に街に出て、遊んでいていいと思ってるのか。ノルク魔法学院の恥をさらすな」
「魔術祭の間は、初等部の生徒は夜の街に遊びに出るなと指示があっただろう」
別の一人が言う。
そういえば確かに、フィーア先生がそんなことを言っていたような、とアルマークは思い出す。
でも、別に僕たちは遊びに出てきたわけじゃないしな。
「ジェビー、ガキって言ったって、君だって一歳しか違わないじゃないか」
ウェンディの後ろから、モーゲンが震える声で言い返した。
「はっ」
ジェビーと呼ばれたその生徒は鼻で笑う。
「見ろ」
そう言って、自分の濃紺の制服のローブを縁取る銀色のラインを示す。
「これは中等部の制服。分かるか? お前らの線のないローブとは違う、一人前の魔術師の証だ」
「一人前?」
アルマークはモーゲンの背後で、そっとリルティに尋ねる。
「どういうこと?」
「初等部を卒業すれば、一応は魔術師と名乗ることができるから……」
リルティも声をひそめて答える。
「そのことを言ってるんだと思う」
「ふうん」
「もう初等部がうろついていい時間じゃねえんだ」
ジェビーの隣に立つ生徒が大きな声で言った。
「それをこの二人は」
そう言ってネルソンとノリシュを指差す。
「だから!」
ネルソンが激昂した声を出した。
「父ちゃんを港に送っていった帰りだって言ってんだろ!」
「女連れでか」
その生徒もネルソンの言葉を鼻で笑う。
「つくならもう少しましな嘘をつくんだな。初等部の、ましてや平民風情が色気づいて夜の街をふらふらと」
「エイグの言うとおりだ」
また別の一人がそう言って頷く。
「外部の人間が多く集まるこの時期に、学院の恥になるような真似は厳に謹んでもらわなければならんのに、次から次へと」
他の二人と違って、気取った喋り方をするタイプだった。
「私たちは、ネルソンたちを迎えに来たんです。あんまり帰りが遅いから」
ウェンディが怯む様子もなく言い返した。
「あなたたちが絡んでこなければ、とっくに寮に帰ってこれていたと思いますけど」
「ウェンディか。生意気な口を利くようになったじゃないか」
エイグがバカにしたように笑う。
「薬湯作りは少しはうまくなったか」
その言葉に、ウェンディが顔を赤くする。
「そんな話は関係ないよ」
レイドーが言った。
「何でこんなところで長々と後輩に絡んでいるんだ。それが中等部のやることなのかい」
「認めねえからだろ、こいつが」
ジェビーが目を吊り上げて言った。
「つまらねえ言い訳をぐだぐだと」
「ネルソンの話は本当だ。ぐだぐだと言っているのはそっちだろう」
レイドーが反論しようとするが、ジェビーの大声にかき消された。
「うるせえぞ、てめえ」
その剣幕に、レイドーがぐっと詰まる。
「ふざけんなよ」
ネルソンの目が怒りに燃えた。
「こっちが我慢してりゃいい気になりやがって。てめえら、あんまりふざけたこと言ってると、本当に」
「本当に、なんだよ」
四人組の最後の一人、おそらくこの四人のリーダー格であろう生徒が、ドスの効いた声を出した。
「女の前だからっていきがるなよ。相手を間違えたら、ただじゃすまねえぞ」
「もうやめて、ネルソン」
ノリシュが必死に袖を引く。
「ほら、お前のガールフレンドもそう言ってるじゃねえか」
ジェビーがそう言って笑う。
「もういいよ、あんたが出るまでもねえ」
ジェビーはリーダー格の生徒に言った。
「生意気なガキは俺たちで躾けてやる」
「てめえ」
ネルソンが拳を握りしめる。
「やれるもんならやってみろよ」
「なんだ、君か」
不意に、場にそぐわない緊張感のない声がして、みんなが一斉に振り返る。
声の主はアルマークだった。
アルマークは腕を組んでリーダー格の生徒を見つめていた。
「年下の生徒に威張り散らすなんて、ずいぶんつまらないことをする連中だと思っていたら、君か、モルフィス。さっきまで背中を向けていたから分からなかったよ。今日はガレルと一緒じゃないのか」
「誰だお前、見ねえ顔だな」
ジェビーが肩を怒らせてアルマークをねめつけた。
「おい、モルフィス。あんたの知り合いなのか。……モルフィス?」
モルフィスの異変に気付いて、ジェビーが目を見開く。
「おい、どうした」
モルフィスは頭を押さえて、アルマークを見ながら脂汗を流していた。
「どうした、モルフィス」
「お前、お前は確か」
モルフィスは仲間の呼びかけに構わず、そう呟く。
アルマークは顔をしかめた。
「なんだ、まだ思い出してないのか。ずいぶん手加減したのにな」
首を振ってそう言いながら、アルマークがウェンディを庇うようにその前に立つと、モルフィスは、うっ、と声を上げて飛びのいた。
「モ、モルフィス。どうしたんだ」
ジェビーが気味悪そうに、怯える仲間とアルマークを交互に見る。
「こいつ、誰だ。三年にこんなやついたか」
「仕方ないな。思い出させてあげるよ。あの時と同じ力で反対から殴るから、顔を出して」
アルマークがそう言って手招きすると、モルフィスは悲鳴を上げてジェビーの陰に隠れてしまった。
ウェンディもネルソンも、他の生徒もみな呆気にとられてその様子を見ている。
「君はもう少ししっかりした人間だと思っていたんだけどな。ガレルはこのことを知ってるのかい」
アルマークが顔をしかめて言うと、ジェビーとエイグが顔を見合わせる。
「お前、ガレルの何なんだ」
恐る恐る、といった感じでジェビーが尋ねてくる。
「君には関係のない話だ。入ってこないでくれ」
アルマークはぴしゃりと言った。
ジェビーはその迫力に気圧されたように、反論もできずにおとなしく口をつぐむ。
「モルフィス。君がこんな下らないことをしているなら、それは君が付添人を務めたガレルとポロイスの決闘の価値を下げることになる。全力を尽くした二人に対して失礼だし、立会人として、僕もとても見過ごすことはできないな」
「ま、待て。やめろ」
モルフィスがジェビーの後ろで首を振る。
「その話は、ガレルにも聞いたがよく分からねえ。だが、お前の顔は覚えてるんだ。なんだかとにかく怖い思いをしたことも。頼む、俺の前から姿を消してくれ」
「断るよ。なんで僕が姿を消さなきゃならないんだ」
アルマークはため息をついて一歩前に出た。
「だから、思い出させてあげるって言ってるじゃないか」
謎の迫力に、ジェビーも思わず一歩後退る。
「いやだ!」
モルフィスはそう叫ぶやいなや、身を翻した。
「お、おい! モルフィス!」
脱兎のごとく走り去るモルフィスの背中にジェビーが慌てて声を掛けるが、モルフィスは振り返らなかった。
後に残された三人は顔を見合わせ、気味悪そうにアルマークを見る。
「お前、何者だ」
ジェビーがようやくそう尋ねたが、アルマークの目を見て慌てて言い直す。
「君は、誰ですか」
その時だった。
「君たち、そこまでだ」
アルマークたちの背後から、凛とした声が響いた。
「あっ」
アルマークの後ろでウェンディが弾んだ声を上げた。
「ヒルダさん」




