夜の街
「臨時の船も、もう港を出た時間だろう」
ウォリスの言葉に、その場の誰もが思わず会話をやめて彼を見る。
「それにしては帰りが遅すぎる」
ウォリスは険しい顔でもう一度言った。
「二人でどっかでいちゃついてるんじゃねえのか」
トルクが言った。
「今は、街にもいつもは見ねえ露店がいろいろと出てるからな。そっちに釣られてるのかもしれねえし」
「ネルソンだけなら、そういうことも十分に考えられる」
ウォリスはそう言って頷いた。
「だが、ノリシュがついていて、それはないな」
確かに。
アルマークも内心で頷く。
ノリと勢いで生きているネルソンなら、その場の状況次第でクラスの打ち上げのことをころっと忘れてしまう可能性も、まあないではなかったが、しっかり者のノリシュが、クラス全員を待たせているというこの状況で余計な寄り道をするとは考えられない。
トルクもそれは認めざるを得ないようで、黙って肩をすくめた。
「二人は港に行ったんだよね」
アルマークはそう言って、立ち上がった。
「僕が見てくるよ」
「私も行くわ」
すぐにウェンディが立ち上がる。
「それなら僕も行くよ」
モーゲンが言い、レイドーとリルティもそれに加わった。
「あまり大人数で行っても仕方ない。すれ違いで帰ってくる可能性も十分あるしな」
ウォリスはそう言うと、アルマークの顔を見る。
「アルマーク。それじゃあ君がリーダーだ。一緒に行くのは今名乗り出たウェンディ、モーゲン、リルティ、レイドーの四人でいいな?」
「ああ」
アルマークは頷く。
「そんなに来てくれるなら心強い」
「魔術祭の期間は、ノルクの街にも外部からいつも以上にいろいろな人間が来ている。この時間だともう性質の悪い酔っぱらいも多いぞ。十分気をつけろ」
「分かった」
アルマークはウォリスの指示に頷き、ウェンディたちを振り返る。
「じゃあ、みんなで港に行ってみよう」
「うん」
ウェンディが返事をし、ほかの三人も頷く。
「頼んだぞ」
ウォリスは険しい顔のままで言った。
暖かい談話室から急に外に出ると、冬の寒さが一気に襲ってきて、ウェンディたちは身を縮めた。
「やっぱり寒いね」
ウェンディがそう言いながら、ふわりとランプ代わりの鬼火を飛ばす。
「もう真っ暗だ。早く行こうよ」
ローブに首をうずめるようにしてモーゲンが言う。
「リルティ、寒くないかい」
レイドーが気遣いを見せ、リルティは小さく頷く。
「大丈夫。ありがとう」
南の冬は、アルマークにとっても寒くないというわけではないが、言ってしまえば、締まりのない寒さ、といったところだ。北ならばもうこの時期、この時間には頭が痺れるほどの寒さになっているだろう。
「よし、みんな大丈夫かい。港まで急ごう」
鬼火がぼんやりと足元を照らす中で、アルマークは先頭に立って歩き出した。
もう校内には一般客の姿はない。
明日、魔術祭最終日にはまた、開場とともにたくさんの客が押し寄せてくることだろう。
5人は足早に正門を抜け、ノルクの街を目指した。
遠目に見るノルクの街の灯りの数や、微かに聞こえてくる賑わいの声は、確かに普段のノルクの街よりもずいぶんと多いように感じる。
「魔術祭に来たお客さんたちで賑わってるんだね」
アルマークが言うと、隣を歩いていたウェンディが頷く。
「うん。それに、お客さん目当ての商売に来た人たちで」
「そうか」
「学院の中に来ているのはほとんど食べ物の露店ばかりだけど、街ではもっといろいろな露店が出ているから」
ウェンディの言葉に、後ろでモーゲンが頷く。
「そうだね。そういう余計な店は学院の外で商売してくれればいいと思うよ」
「余計な店って」
アルマークは苦笑する。
「まあ君にとってはそうか」
やがて街に着くと、やはりこの寒い中でも道のあちこちにたくさんの人だかりができ、遠慮のない大きな笑い声が響いていた。
それだけならいいのだが、案の定、路地のところどころからは、怒声混じりの大声や、明らかに喧嘩をしているのであろう怒鳴り声のようなものも聞こえてくる。
「うへ」
モーゲンが顔をしかめる。
「この時間の街って怖いよね。酔っ払いが多くて」
「もしかしてノリシュたちも酔っ払いに絡まれたのかな」
リルティが心配そうな声を上げた。
「ほら、二人とも劇の主役で、一番目立っていたから」
「ああ、大いにあり得るね」
モーゲンが嫌そうな声を出す。
「きっと、あの場面をもう一回やってみせろ、とか言われてるんだ。ああ、やだやだ」
「ネルソン、喧嘩っ早いからな。手を出してなければいいけど」
アルマークもそう言って顔をしかめる。
「なるほど。その点だと、僕が一番安心というわけだね」
レイドーがさらりと言った。
「なにせ付け髭を付けていたからね。みんなは素顔で出ていただろ? 気をつけないと」
「でも、相手が本当にあの劇をちゃんと見ていた人たちだったら」
ウェンディがいたずらっぽく言った。
「アルマークと一緒なら安心だよ。あの演技を見たら絶対絡んでやろうなんて思わないもの」
「確かに」
「それは間違いないね」
モーゲンとレイドーが同時に頷いた。
「うん、そうだね。アルマークすごく怖かったものね」
リルティも真剣な顔で頷く。
「もう呪われた剣士アルマークは旅立ったってば」
アルマークは苦笑した。
「そんなことを言われると逆に心配になるよ。僕は魔術祭が終わった後、みんなにちゃんと僕本人として扱ってもらえるかな」
「たまには呪われた剣士の方になればいいよ」
レイドーが穏やかに言う。
「君が普段思っていても言えないようなことでも、彼なら言えそうじゃないか」
「レイドー、誤解のないように言っておくけど」
アルマークは顔をしかめた。
「劇のあの台詞は、別に僕の日頃の鬱憤を吐き出していたわけじゃないからね」
その言葉に、ウェンディとモーゲンが噴き出す。
5人でそんなことを話しながら歩いているうちに、街の中心部を過ぎていた。
5人の方を指差して、ほら、今日のあの劇の、などという人たちもいるにはいたが、せいぜい遠くから、お前ら今日は良かったぞ、などと声をかけてくる程度で、直接絡まれるようなことはなかった。
「割とみんな好意的だね」
アルマークは言う。
「驚いたよ」
「私達の劇がそれだけ素晴らしかったってことかもね」
ウェンディがそう言って微笑む。
「まあお客さんたちも僕らの魔法の演出を見てるから」
酔っ払いの声援に愛想よく手を挙げて応えながら、レイドーが言った。
「下手に絡んだら、魔法で蛙にされるとでも思ってるのかもしれないよ」
「それはあるかもしれないね」
アルマークは頷いた。
確かに今日は、劇の演出で魔法の力をこれでもかと見せつける形になった。
アルマークたちはあくまで劇を盛り上げるために頑張っていただけで、力を見せつけている意識はなかったが、魔法を使えない一般客からすれば驚異の連続だったであろうことは想像に難くない。
「あっ、音楽堂」
ウェンディがふと、道の脇に目をやって言った。
以前みんなで演奏会を聴きに来た、音楽堂に差し掛かっていた。
「リルティの誘ってくれた演奏会、素敵だったよね」
その言葉に、リルティが嬉しそうに頬を染める。
「うん。僕はきちんとした音楽をこういう場所で聴くのは初めてだったし、すごく感動した」
アルマークが言い、モーゲンも頷く。
「そうそう。行く前に食べた屋台がおいしくてね」
「モーゲン、それは音楽とは関係ない」
モーゲンの言葉にみんなで笑った後、アルマークはリルティを振り向く。
「リルティ、やっぱり今日の君の歌は良かったよ」
「ありがとう」
リルティはそう言って、恥ずかしそうにうつむく。
「でも、あんまり言わないで。思い出すと恥ずかしくてどこかに隠れたくなるの」
「どこが恥ずかしいんだい、あんなに素晴らしい歌なのに。僕には今日も空を飛ぶ鷹が見えたよ」
「私にも見えたわ」
ウェンディが微笑む。
「唯一無二の歌声ね」
「僕も泣いちゃったよ」
モーゲンがにこにこしながら言う。
「お客さんの拍手がすごくて、しばらく劇が再開できなかったもんね」
「ほんとに、今まであんな素晴らしい歌声を女子だけで独占していただなんてね」
レイドーが言った。
「これからは男子にもどんどん聴かせてもらおう」
その言葉にリルティがますます顔を赤らめてうつむいた時だった。
「あっ、あれ」
ウェンディが道の先を指差した。
「ネルソンとノリシュじゃない?」
アルマークはそちらに目をやり、顔をしかめた。
「案の定絡まれてるね。でも、相手は……」
「うん」
レイドーが頷く。
「あれはうちの中等部だ」




