父子
講堂を出たところで、下級生たちがいくつかのグループに分かれて固まっていた。
その中の女子の一団は、ウォリスの出番の時に歓声を上げていた子たちだから、おそらくウォリスが出て来るのを待っているのだろう。
「アルマーク、ウェンディ」
声をかけられて二人がそちらを振り向くと、薬草狩りのときの三人組、ザップ、フィタ、ラドマールが立っていた。
「やあ、三人とも」
アルマークが応えるが、声をかけてきたフィタは、すたすたと歩み寄ってくると確かめるようにアルマークたちの顔を覗き込む。
「ん?」
アルマークはウェンディと顔を見合わせる。
「どうしたんだい」
「私達の顔がどうかした?」
二人の言葉を聞いて、フィタはようやく安心したように微笑んだ。
「よかった。いつものアルマークとウェンディだ」
「え?」
また二人がきょとんとして顔を見合わせると、ザップがフィタの後ろで笑いながら補足する。
「劇を見てから、フィタがずっと心配してたんだ。二人が自分の知ってる二人じゃなくなっちゃったかもって」
「だって」
フィタは照れたように笑う。
「二人ともすごかったんだもの。本当にあのまま二人で死んじゃったのかと思うくらい」
「僕らは君の知ってる僕らのままだよ、フィタ」
アルマークは言った。
「心配してくれてありがとう」
「うん」
フィタが頷く。
「もちろんモーゲンもね」
ウェンディが付け加えると、フィタは首を振った。
「あ、モーゲンの心配はしてないの。そのままいつものモーゲンだったから」
「そうね、確かに」
ウェンディが苦笑いする。
「でも、本当にいい劇だった」
ザップも言う。
「アルマークとネルソンの戦い、すごかったな。今年は1組も2組もすごいよ。去年の三年生の劇はこんなじゃなかった」
「うーん、そうかな」
ウェンディが首を捻る。
「僕は、去年の劇は見てないからな」
アルマークはザップに答える。
「だから比べることはできないけど。でも一生懸命見てくれてありがとう」
「うん」
ザップは頷く。
「すごくて、よかった。アルマークたちは僕らの目標だからさ。すごくないと困る」
そう言って、照れくさそうに笑う。
「来年は僕らも頑張るよ」
「うん。頑張って」
アルマークが頷くと、それまで黙っていたラドマールがようやく口を開いた。
「もうその辺でいいだろう。帰ろう」
ラドマールはいつもの調子で言う。
「僕らはアルマークたちと違って明日も踊らなきゃならないんだ。早く帰って英気を養おう」
「ラドマール、君のダンスも昨日見たよ」
アルマークは言う。
「頑張っていたね」
「頑張るのは当たり前だ」
ラドマールは顔をしかめる。
「結果は伴わないがな」
「そんなことないよ」
フィタが口を挟む。
「昨日より今日はずっと良くなってた。ね、ザップ」
「ああ」
ザップも頷く。
「じゃあ明日はもっとうまくなるね」
ウェンディが微笑んだ。
「楽しみ。明日は必ず行くね」
ラドマールはウェンディから目をそらしてうつむく。
「まあ、それは好きにすればいい」
「うん。見に行くよ」
アルマークが言うと、ラドマールははっきりと嫌な顔をした。
「いや。アルマークは来るな」
三人と別れてしばらく歩くと、ネルソンが父親と話しているのに出くわした。
主役の効果だろう。二人は通りかかる一般客からひっきりなしに握手を求められている。
「おう、二人とも!」
アルマークたちに気付いたネルソンが嬉しそうに手を振った。
「はじめまして」
歩み寄ったアルマークとウェンディは、揃ってネルソンの父に頭を下げる。
「僕たち、ネルソンと同じクラスの」
「分かります分かります」
ネルソンの父は笑顔で両手を振った。
「アルマーク君とウェンディさん」
「あ、はい」
名前を呼ばれて、二人で目を丸くする。
「うちの父ちゃんな」
ネルソンは笑う。
「俺たちの劇を見て、クラス全員の名前覚えちまったんだ」
「ああ、なるほど」
アルマークは頷く。
確かにこの劇を一番熱心に見てくれていたのはネルソンの父だったかも知れない。
役名と本名が一緒なので、記憶にも残りやすかったのだろう。
「だからさっき、レイドーにアモル君って呼びかけてた」
ネルソンの言葉に、アルマークとウェンディが噴き出し、ネルソンの父はばつが悪そうにネルソンの肩を叩く。
「おい、親の恥を晒すんじゃねえよ」
「いいじゃんかよ」
じゃれ合う二人はとても仲が良さそうだ。
「ネルソンにはいつも、とても仲良くしてもらっています」
アルマークが言い、ウェンディがその隣で頷く。
「ええ、なんでも一番最初に引き受けてくれるんです、ネルソンは」
「そうですか」
ネルソンの父は嬉しそうに頷く。
「ほら、父ちゃんが、最初に一歩踏み出すやつが偉いんだって言ってたじゃんか」
「おお。そうだな」
ネルソンの言葉に父が目を細める。
「最初に一歩踏み出すのは、勇気がいることだからな」
それから、アルマークとウェンディに目を戻す。
「お二人さん、あなた方もどちらもとても素晴らしかった」
「ありがとうございます」
「ネルソンが手紙に書いていたとおり、本当に素晴らしい劇だった」
そう言って微笑む。
やはりその顔にネルソンと共通するものがあって、アルマークの顔も思わず緩む。
「今日は、こちらに泊まっていかれるんですか?」
ウェンディが尋ねると、ネルソンの父は首を振る。
「いや、今夜の船で帰ります」
「魔術祭の間だけ、船が臨時で出るんだ」
ネルソンが補足する。
「さすがにそこまで休みはもらえねえんだってさ」
「そうですか」
はるばるやって来て、一泊もできないとはせわしない話だ。アルマークは、ふと気になって尋ねた。
「ノリシュにはもう会いましたか」
「ああ、ノリシュさん」
ネルソンの父は笑顔で頷く。
「もちろん。でももう少し話したかったな。おい、ネルソン。もう一度呼んできてくれよ」
「やだよ」
ネルソンは顔をしかめた。
「もうその辺にはいねえよ」
「ノリシュ、もう行っちゃったのかい」
「ああ」
アルマークの問いにネルソンは頷く。
「結婚はいつだとか、見てた客からからかわれたから、恥ずかしがって挨拶だけしてすぐにいなくなっちまったんだ。劇の中の話なんだから、別に照れることねえのによ」
「劇の中だけなんてもったいねえぞ」
ネルソンの父が口を挟む。
「早いところ母ちゃんにも紹介しねえと」
「父ちゃん何言ってんだよ」
ネルソンが呆れたように言った。
「劇と現実の区別が付かなくなってるぞ」
それから、アルマークたちを照れくさそうに見る。
「な。困った父ちゃんだろ」
「いや」
アルマークは首を振った。
「羨ましいよ」
「そうかな」
「だけど、来てよかったよ」
ネルソンの父が、改めて感慨深げに言った。
「遠かったけど、本当に来てよかった。ネルソン、嘘じゃねえぞ」
その言葉に、ネルソンは嬉しそうに笑い、アルマークはなぜだか自分のことのように胸が切なくなった。
「父ちゃんを港まで送ってくるから、先に始めててくれ」
そう言って手を振るネルソン父子に手を振り返して、アルマークとウェンディは並んで露店のほうへと歩き出す。
今日はこれから、露店の食べ物をみんなで持ち寄って、劇の打ち上げをすることになっていた。
さすがにこの季節に外でやるのは寒いので、寮の談話室に集合することに決まった。
モーゲンが劇本番よりも張り切っているのではないかという勢いでバイヤーとピルマンを引き連れて買い出しに行き、他の生徒たちも思い思いに散っていた。
「何か僕らも買わないとね」
アルマークはウェンディにそう言ってから、劇の始まる前にもウェンディがほとんど食べ物を口にしていなかったのを思い出す。
「ごめん、ウェンディはあまり食欲ないかな」
「あのね、アルマーク」
ウェンディはうつむく。
「笑わないで聞いてくれる?」
「うん」
アルマークは頷いた。
「もちろんだよ」
「劇の前に」
ウェンディはうつむいたまま話す。
「私あまり食べられなかったでしょう」
「うん」
「だから」
そう言ってウェンディは恥ずかしそうにアルマークを見た。
「今ね。実はお腹がすいて倒れそうなの」
「それはいいことだよ」
アルマークは真剣な顔で頷いた。
「たくさん買おう。持てるだけ持つよ」




