感想
劇で使った背景や大道具などを舞台裏の倉庫に押し込むと、アルマークたち2組の生徒は客席に出た。
まず出迎えてくれたのは担任のフィーアだった。
「みんな、お疲れ様」
笑顔でそう言うと、生徒一人ひとりと握手をかわす。
「素晴らしかったわ。とっても」
「ありがとうございます」
ネルソンやモーゲンに続いて、アルマークもフィーアの温かい手を握る。
アルマークがちらりとフィーアの背後に目を走らせた。
「イルミス先生を探しているわね」
フィーアにすぐに見抜かれ、アルマークは決まり悪そうに頷く。
「はい」
「イルミス先生はお戻りになったわ。みんなに素晴らしかったと伝えてくれっておっしゃられていたわよ」
「そうですか」
がっかりしたのが顔に出たのだろう。フィーアは微笑んで付け加えた。
「詳しい感想は魔術実践の授業の時に、ですって」
アルマークの顔がぱっと明るくなったのを見て、フィーアは笑う。
「本当にイルミス先生を尊敬しているのね」
「はい」
アルマークは頷き、フィーアに頭を下げて後ろの生徒に場所を譲る。
客席はすでにがらんとしており、一般客はほとんどが帰っていたが、生徒たちの姿はまだちらほらと残っていた。
「アルマーク!」
珍しく慌てた様子でコルエンが駆け寄ってくる。
「よかったぜ、お前らの劇。呪われた剣士も雰囲気があったな」
「ああ、ありがとう」
アルマークが微笑むと、コルエンは楽しそうににやりと笑う。
「ネルソンが羨ましいぜ。俺もお前とあんなふうに戦ってみてえよ」
「君とも森で戦ったじゃないか」
「あんなのはお前がまだまだ本気じゃなかっただろ。もっと熱くなるやつだ」
コルエンはそう言ってから、アルマークの後ろから追いついてきたウェンディに目を向けた。
「よう、ウェンディ。亡霊役、きれいだったぜ」
「ありがとう」
ウェンディが微笑むと、コルエンは感心したように腕を組む。
「前からエストンがお前のことを可愛い可愛いって言ってたけど、今日やっとその意味が分かったぜ。とにかくきれいだった」
「えっ」
ウェンディが頬を赤く染めて困ったように目を伏せる。
「おう、リルティ」
コルエンはウェンディのそんな表情を特に気にすることもなく、その後ろから歩いてきたリルティにも声をかけた。
「お前、歌、すげえ上手いのな。今度またじっくり聞かせてくれよ」
「え、あ、うん」
リルティがコルエンを見上げて驚いたように頷く。
「ありがとう」
「そういえばポロイスは一緒じゃないんだね」
アルマークが言うと、コルエンは思い出したように手を叩いた。
「おう、そうだった」
それから、アルマークに顔を近づけて囁く。
「お前らのせいだぜ」
「僕らの?」
アルマークがきょとんとすると、コルエンは口元を歪めて笑う。
「お前らの劇見て、みんな青くなっちまってさ。これから教室で緊急会議だ」
「それなら君も行かないとまずいんじゃないのかい」
「まあな。だから急いでたんだ」
コルエンは笑って、アルマークの背後から歩いてくる2組の生徒たちの顔を見る。
「ネルソンはもう行っちまったのか。本当はネルソンとレイラとセラハにも声かけたかったんだけどな。まあ仕方ねえ」
よろしく言っといてくれ、と言い残してコルエンは風のように走り去っていった。
「3組は緊急会議だって」
アルマークはウェンディを振り返る。
「僕らの劇を見たせいで」
「うん」
ウェンディはまだ少し赤い顔で頷く。
「ああやって真正面から褒められると、なんだかすごく恥ずかしい」
「そうだね」
アルマークは頷く。
「でも、コルエンの言うとおりだ。ウェンディはすごくきれいだったよ」
「だから、もう」
ウェンディは腕を振り回す。
「そういうのが、恥ずかしいのに」
「おい、鍛冶屋の息子」
そう呼ばれて振り向くと、アインが客席に座ったまま不機嫌そうな顔で待ち構えていた。
その周りには1組の他の生徒も数人残っている。
「やあ、アイン」
「見たよ」
アインはぶっきらぼうに言った。
「君たちの劇は、実に良かった」
その言葉とは裏腹に、全く面白くもなさそうにアインは言う。
「フィッケなんて泣きすぎて腹が減ったと露店に走っていったくらいだ」
「フィッケには僕らも助けられたよ」
アルマークは答える。
「始まる前に、緊張したらフィッケに向かって演技すればいいって言ったんだ。すごく素直に反応してくれるから」
「なるほど」
アインはそこでようやく少しだけ口元を緩める。
「どうりでな。フィッケのやつ、劇の途中途中で、みんなが舞台から俺に語りかけてくるんだとか言うものだから、こいつとうとう、と思ったが」
「しっかり見てくれて嬉しかった」
アルマークの言葉に、アインはまた、ふん、と鼻を鳴らす。
「僕が何でこんなに機嫌が悪いか分かるか」
「いや」
アルマークは首を振る。
「なんでだい」
「当ててみたまえ」
アインは言う。
「君も少しは頭を使え」
そう言われて、アルマークもアインの顔を見つめて少し考える。
「もしかして、君たちの劇が僕たちに負けそうだからかい」
しかしアインは大げさにため息をついた。
「違う。その逆だ」
「逆?」
「そうだ」
アインは頷く。
「今日の講堂も満員だったが、昨日の僕らの劇では、座りきれず立ち見をしている観客がたくさんいた。単純に劇を見た観客の数の違いで、得票数では僕らが勝つだろう」
「それなら」
いいじゃないか、と言おうとして、アルマークはアインの険しい顔に口をつぐむ。
「劇は、僕らの負けだ」
アインは率直に認めた。
「もちろん僕は自分たちの劇にも自信を持っている。だが公平な目で見て、君たちの劇のほうが上だった。それは間違いない」
それでも、とアインは続ける。
「結果的には僕たちが勝つ」
アインは悔しそうに首を振った。
「それが、僕の癪に触る」
プライドの高いアインらしい言い草だった。
「めんどくさいこと言うでしょ。うちのクラス委員は」
アインの背後から、明るい声がした。
顔を出したのはウェンディのルームメイトのカラーだった。
「アインはいちいち理屈がうっとうしいのよね」
「うるさいな、君は」
アインが顔をしかめる。
「エメリアたちと帰ったんじゃなかったのか」
「そのつもりだったけど。どうしてもウェンディとアルマークに一言言いたくて帰ってきちゃった」
カラーはそう言って、アルマークを見て微笑む。
「アルマーク。劇、すごく良かったよ」
「ありがとう」
アルマークは頷く。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ウェンディとの最後の場面、素敵だったな」
カラーはアルマークの背後でチェルシャと話しているウェンディをちらりと見た。
「ウェンディね、寮の部屋でもずっと心配してたんだよ。最後の場面がどうしていいか分からないって」
「そうなのかい」
「うん」
カラーは微笑んで頷く。
「でも、さすが。本番までにちゃんと決まったんだね。練習が間に合って良かったね」
「いや、実は」
アルマークは頭を掻く。
「直前まで本当に何も決まらなくて。あそこの場面は全部、その場で考えたんだ」
「その場で?」
カラーが目を丸くする。
「嘘でしょ」
「いや、本当に。僕もウェンディも、その場で心に思ったことを」
アルマークが恥ずかしそうに言うと、カラーとアインは顔を見合わせる。
「よし。これ以上詳しく聞くのはよそう」
アインが宣言するように言った。
「そうしないと、君たちを殴りたくなりそうだ」
「そうね」
アインの言葉に珍しくカラーも同意する。
「何から何まで、常識外れの劇だったってことね」
「やはりうちが勝ってよかったのかもしれんな」
アインもそう言って頷いた。




