出迎え
場面は変わる。
宮殿の内部。
登場したのは二人の部下を引き連れた、武骨な男。
ムルボードの王、デミガルだ。
トルク演じるデミガル王は、部下であるデグとガレインを引き連れて、アモル王の宮殿に颯爽と乗り込んできた。
大股で歩いてきたデミガル王は、宮殿の高い天井を見上げて足を止める。
「取り繕っておる」
よく通る太い声で、そう言った。
「漂うこの宴の匂いも、出迎えた家臣共のへつらい笑いも、何もかもだ」
その言葉は、不快そうでもあり、面白がっているようでもあり。
「我らが予想よりもずいぶん早く来ましたからな」
後ろからデグが答える。
「連中も慌てたことでしょうぞ」
「ふん」
デミガル王は笑った。
「だが、取り繕うことができるのも、豊かさゆえよ」
そう言って、宮殿をぐるりと見回す。
「この宮殿も、そこかしこにこの国の余裕が溢れている。羨ましいものだな」
その言葉に、デグが何か言いたそうに王を見る。
デミガル王はデグたちを振り返った。
「デグ、ガレイン」
「はっ」
「なぜ、この国はムルボードよりもかくも豊かなのだ」
王の問いに、デグが曖昧に首をひねる。
「さて、それは」
「余は、羨ましい」
デミガル王は言った。
舞台袖で、アルマークはトルクの演技に見入っていた。
トルクは、本当にこのデミガル王の役柄にぴったりだ。
自信に満ちて、野心家で、人に媚びない。
アルマークは、特にこの場面のデミガル王が、いや、それを演じるトルクが好きだった。
「はっきりと言うぞ」
デミガル王は二人に言った。
「余はこの国の豊かさが羨ましい。なぜ我らがムルボードの地にはこの豊かさがないのかと、神と父祖に恨み言を言いたいほどにな」
聞きようによっては、ひどく浅ましくも聞こえる台詞。
だが、トルクがそれを発すると、不思議と卑屈さを感じさせない。
デミガル王は自らの嫉妬心を一切恥じるでもなく、不敵に笑う。
「だが、羨ましいと思うのは今宵までよ。余が次にこの宮殿に足を踏み入れるのは」
その声が、低くなった。
「この国が余のものになるときだ」
その言葉に、二人の部下もにやりと笑った。
「ついていきますぞ、王」
デグが答え、ガレインも頷く。
トルクは、挫けない。
倒れたとしても、起き上がるのに人の助けは借りない。
自分の足で立ち上がる。
それがトルクの誇りなのだと、以前、アルマークは知った。
トルクの力の源泉は、このデミガル王の台詞に代表されるような、力への希求と、それを隠すことのない傲慢ともいえる自負。
アルマークは、そんなトルクが好きだった。
トルクには、どこか懐かしい人々と似た匂いがあった。
「デグ。お前はここで待て」
トルクはデグに言った。
「ここからはガレインと行く」
「ですが」
デグが眉をひそめる。
「二人だけでは万一の時に危のうございます」
「もしも奴らがここで余を殺すようなことがあれば」
デミガル王はデグの肩を叩いた。
「お前が脱出してガイベル討伐の兵を挙げよ」
「私が、ですか」
デグが目を見開く。
「私はそのような器では。それに、それでは王が」
「言ったはずだ」
デミガル王の笑顔は、まるで獰猛な虎のように見えた。
「ムルボードの民の運命を変えると」
言葉を失うデグの肩を、デミガル王はもう一度強く叩いた。
「それには、民を率いる者が必ずしも余である必要はないわ」
デミガル王たち3人を照らしていた明かりが消え、舞台のもう一方が照らされた。
華やかな宴の間。
着飾ったアモル王とリルティ王女がデミガル王の到着を待ち構えていた。
最初の登場でも王女らしく華やかな衣装だったリルティは、他国の王との宴を控えた今は、さらに華麗な装飾の付いたきらびやかな衣装をまとっている。
そこへ、大臣のピルマンがそっと顔を出した。
「デミガル王がまもなく」
「うむ」
アモル王は頷く。
「リルティ、出迎えよう」
そう言って立ち上がると、リルティとともに舞台を歩く。
すぐにデミガル王とガレインが反対の暗闇から出てくるのに出くわして、アモル王は足を止めた。
「これは、デミガル王」
アモル王は満面の笑顔を浮かべた。
「ようこそおいでくださいました」
「アモル王。またお会いできて嬉しいですぞ」
デミガル王も同じく、満面の笑みでアモル王に歩み寄った。
「一刻も早く王にお会いしたくて、このデミガル、馬を飛ばして参った」
「それはなんと光栄なこと」
アモル王は頷き、手を差し出す。
二人は固く握手をかわしあった。
「さあ、どうぞこちらへ」
アモル王が促すと、デミガル王はそこで初めて王の後ろに控えていたリルティの存在に気付く。
「こちらは」
デミガル王がアモル王に問いかけると、リルティは上品な笑顔で優雅に腰を折った。
それを見たデミガル王の顔が一瞬険しくなる。
「ああ、これは我が娘のリルティです」
アモル王が答える。
「そうでしたか」
デミガル王は笑顔を浮かべてリルティに挨拶を返した。
「これはこれは、リルティ王女。ご機嫌麗しゅう。ムルボードの王、デミガルと申す」
「デミガル王、お会いできて光栄です」
リルティはそう言って花のような笑顔を浮かべる。
客席から、ほう、と感嘆のため息が聞こえた。
しかし、デミガル王はリルティ王女のその可憐さにほとんど興味を示さなかった。
「こちらこそ。なるほど、確かに王の奥方にしてはお若すぎる」
冗談めかしてそう言って笑うが、その目だけは笑っていない。
「だが、実にお美しい」
その言葉に、リルティは恥ずかしそうにうつむくが、デミガル王はもうそれで社交辞令は済んだとばかりに周囲を見回した。
「レイラ王妃のお姿が見えぬようですが」
「少し準備に手間取っておりましてな」
アモル王は決まり悪そうに言った。
「じきに参ります。さあ、宴の準備も整っております。どうぞ、こちらへ」
「それでは遠慮なく」
デミガル王はアモル王に促されて歩を進めるその一瞬、後ろを振り返った。
一人その場に残るデグが、それに小さく頷く。
「ガレイン、王を頼むぞ」
低く抑えたデグの言葉に、ガレインが無言で頷いた。




