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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十五章

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旅の終わり

「強がりはおよしなさい」

 セラハは大きく両腕を広げた。

「王や王国への忠誠を、そんな女一人への気持ちで代えられるというの」

 その両腕から、無数の黒い影が躍った。

 影の蝙蝠の群れが、それ自体が一つの大きな生き物のように舞台を舞うと、ネルソンに襲いかかる。

「無駄だ」

 ネルソンは剣を振るった。

 蝙蝠の闇の中に、光が二度、三度ときらめくと、そのたびに闇が弾け、飛び散り、その数を減らしていく。

「もう効かぬぞ、貴様の魔法は」

 ネルソンは叫ぶ。

「光の前に散れ、魔女セラハ」

 その台詞に、拍手が起きた。

「いいぞ、ネルソン!」

 ネルソンの父はついに立ち上がって拍手し、隣の客にたしなめられている。

「ふん」

 セラハが笑った。

「調子に乗るのも、大概になさい」

 その手が青い光を帯びる。

 ネルソンは腰を落として剣を構えた。

 セラハの手から沸き起こる氷の渦。

 それをネルソンは一刀両断すると、そのままセラハに向けて走った。

 跳躍。

 床から突き出した氷を軽やかに飛び越す。

 おお、と客席が沸く。

「覚悟!」

 ネルソンの剣を、セラハの杖が受け止めた。

「かわいくないわね」

 セラハが杖越しにネルソンを睨む。

「生き返ったような目をして」

「おう。いいことを言うな、魔女」

 ネルソンは快活に笑った。

「このネルソン、まるで生まれ変わったような心持ちよ」



「アルマーク」

 ウォリスが鋭い声でアルマークを呼んだ。

「ここだ」

 暗闇の中でアルマークが手を挙げる。

「何か手伝うかい」

「ああ」

 ウォリスは頷く。

「今考えていたんだが、この戦いの最後の演出、どう考えても人手が足りない」

 そう言って、ネルソンの持つ剣を指差す。

「僕はそっちの演出に回る。君は僕の代わりにネルソンの剣の光の演出を」

 それから、試すようにアルマークを見る。

「重要な演出だ。できるか」

「分かった」

 アルマークは頷く。

「ネルソンの剣を光らせればいいんだね」

「途中までは僕がやる」

 ウォリスが答える。

「決着近くで抜ける。それまで僕のやり方をよく見ておけ」

「分かった」

 アルマークは頷く。

「途中、いろいろと質問するけどいいかい」

「邪魔にならない程度にな」

 ウォリスはそう言ったあとで、ふとアルマークの顔を見てにやりと笑った。

「僕の個人的な質問には答えないからな」



 ネルソンの剣が確かにセラハを捉えたように見えたが、セラハは意に介さない。

「なに」

 ネルソンが目を見開く。

「効かないわよ、そんななまくら」

 セラハが笑って杖を振り上げると、どす黒い巨大な手が地面から湧き出してネルソンに掴みかかった。

 とっさに身をかわし、虚空を掴んだ手を根本から斬り落としたネルソンに、ノリシュが叫ぶ。

「ネルソン様! 思い出してください、剣士アルマークの言葉を」

「おお」

 ネルソンが頷く。

「そうであった」

 セラハが振った杖から鋭い氷の刃が伸びる。

 首をひねってそれをかわしたネルソンの剣が、セラハの胸元を突いた。

「ちっ」

 セラハが飛びずさる。

 その動きに変化は見られない。

「む」

 ネルソンが拍子抜けしたようにセラハを見る。

 と、その足元に何かが落ちた。

 黒鋭石。

 セラハが首から下げていたものだった。

 ネルソンの一撃で鎖が断ち切られていた。

「なんだ、これは」

 ネルソンがそれを拾い上げると、セラハが初めて慌てた声を上げた。

「それは」

「黒鋭石、か」

 ネルソンが言うと、セラハの魔力が膨れ上がった。

「返しなさい、それを」

「おっ」

 ネルソンが石から目を離し剣を構えると、ノリシュが声を上げた。

「その石、見たことがあります」

 それにセラハが反応する。

「見たことがあるだと? そんなはずがない。この石は」

「アモル王が全く同じ石をお持ちでした」

 その言葉に、セラハが目を見開いた。

「アモル王が?」

 ネルソンが怪訝な顔をする。

「この石をか」

「はい」

 ノリシュは頷く。

「なんでも、ずっと前に大事な人からもらったものだとおっしゃっていましたが」

「大事な人? それは一体」

 ネルソンが言いかけたとき、セラハが叫んだ。

「嘘だ!」

 ネルソンがとっさに剣でセラハの杖を防ぐ。

「嘘だ嘘だ嘘だ!」

 セラハの魔力がさらに膨れ上がり、ほとばしるように闇がネルソンを襲う。

「ぬん」

 ネルソンの一刀が闇をも切り裂く。

「何が嘘か」

 ネルソンの問いにも、セラハは答えない。

「嘘だ! でたらめを言うな、女」

 その身体からどす黒い闇が溢れ出す。

「持っているはずがない。あの方がそれを持っているはずなどないのだ!」

「貴様が何を言っているのかは分からぬが」

 ネルソンは剣をしっかりと握り直した。

 剣の光が、ネルソンに従うように収縮していく。

 セラハの闇が押し寄せる。

「よく聞け」

 ネルソンは一喝した。

「ノリシュ殿は、嘘などつかぬ」

 ひときわ強く輝いた剣が、闇もろともにセラハを切り裂く。

 セラハの胸元を、光が貫いた。

 セラハは信じられないという顔で自分の胸元を見つめた後、ゆっくりと崩れ落ちた。



「よし。後は頼む」

 ウォリスがアルマークの肩を叩く。

「剣が輝くのはあと一回だ。タイミングを間違えるな」

「分かった」

 アルマークが頷くと、ウォリスは袖に控えるトルクたちのところへ足早に去っていった。



 倒れたセラハの前に屈みこんだネルソン。

 その後ろに、おそるおそるノリシュとモーゲン、バイヤーが近づく。

「魔女セラハよ」

 ネルソンは静かに呼びかけた。

「レイラ王妃の笑顔は返してもらうぞ」

 その声に反応したように、セラハがゆっくりと上体を起こす。

 ネルソンを見るその顔には、先ほどまでの邪悪な表情はもうなかった。

「返すも何も」

 穏やかな笑顔でそう言って、ネルソンの手の中の黒鋭石を指差す。

「もうあなたの手の中にあるじゃない」

「これか」

 ネルソンは黒鋭石を見る。

「それと、アモル王の持つ石とを合わせれば」

 セラハは言った。

「呪いは解けるわ」

「そうか」

 ネルソンがほっとしたように頷いた時だった。


「でも、あんたたちになんかあげないけどね」


 小さい女の子が意地悪を言うように、セラハが言った。

 その顔が歪む。

「いかん」

 ネルソンは振り向いた。

「みんな、離れろ」

 セラハの身体から、闇が噴き出した。

 舞台全体を覆い、客席まで覆わんとする闇。

 客席から悲鳴が上がり、思わず逃げ出そうと腰を浮かす客までいる。

 闇の中に、無数の顔のようなものが見えた。

 今まで、魔女が殺めてきたたくさんの人たちの顔。

 ここからの巨大な演出に、ウォリスを始めたくさんの裏方が参加していた。

「ぬうっ」

 ノリシュたちを包みこもうとする闇に向けて、ネルソンが剣を振るった。

 剣が、爆発的な光を放って闇を吹き飛ばす。

 闇が散り散りに四散した。


 ウォリスが舞台袖で顔をしかめる。

「光が大きすぎる。へたくそめ」


「ネルソン様!」

 ノリシュの悲痛な声に、観客たちは我に返った。

 セラハの闇に、ネルソンが捕われていた。

 セラハは、自らがもうすでに闇とほぼ同化し、ネルソンを飲み込もうとしていた。

「私は魔女セラハ」

 セラハは笑った。

「一人では死なないわ。騎士よ、伴をなさい」

 そう言うと、セラハの姿が闇の中に溶け込むように消える。

「今助けます!」

 駆け寄ろうとするノリシュを、ネルソンが制する。

「来てはいかん」

 ネルソンは闇の中から無理やり自分の右手を引っ張り出すと、力を振り絞って何かをノリシュに投げてよこした。

 ノリシュがとっさに受け止めたそれは、セラハの黒鋭石だった。

「それを、王宮へ」

 ネルソンは言った。

 もうその身体の殆どが闇に飲み込まれている。

「ノリシュ殿、頼む。王妃に笑顔を。王国に平和を」

「何を言うのです」

 そう叫んでなおも駆け寄ろうとするノリシュを、モーゲンが止めた。

「ダメだ、ノリシュさん。あんたまで巻き込まれる」

「いやです、離して! ネルソン様!」

 その時、森全体が不穏な振動を始めた。

「霧の森が」

 バイヤーが叫ぶ。

「魔女のやつ、霧の森ごと滅びるつもりだ」

「早く離れないと」

 モーゲンが叫んだ。

「ノリシュさん、あんた騎士さんの気持ちが分からないのか。あんたたちは王妃様のためにそれを探しに来たんだろう」

 しかしノリシュはモーゲンの腕の中でもがいた。

「ダメです。まだ、ネルソン様が。ネルソン様がいなければ」

「ノリシュ殿」

 ネルソンが微笑んだ。

 太陽のような笑顔。

 それは闇に包まれようとしている時でさえ光を失わなかった。

「そなたはこの旅で誰よりも勇敢だった」

 ネルソンは言った。

「そなたの騎士になれたことを誇りに思う」

「ネルソン様、何を言うのです。あなたを置いては」

 ノリシュの悲痛な叫びに、ネルソンは笑顔で答えた。

「またどこかで会おう。王の御前で、そなたを必要ないと言ってしまったこと」

 ネルソンの最後の言葉。

「許されよ」

「ネルソン様!」

 ノリシュの悲鳴とともに、闇が膨れ上がり、自壊していく。

 モーゲンが無理矢理にノリシュを引き離し、バイヤーがそれを先導していく。


 暗転。





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― 新着の感想 ―
[良い点] アインの『 鍛冶屋の息子よ 』だったり ウォリスの『 僕の個人的な質問には答えないけどね 』とか ふとしたセリフにニヤリとしてしまいます。
[一言] 泣いた
[良い点] 劇中劇なのに面白すぎる [一言] この劇だけでも映画化してほしい。 あるいは絵本にしても良い
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