表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

306/708

騎士と魔女と

 ひざまずくネルソンに、ゆっくりとアモル王が歩み寄る。

「ネルソンよ」

 その声は悲しみに満ちていた。

「なぜ」

 アモル王はネルソンの肩に手をかけた。

「なぜ、戻らなかった」

「は」

 意外な言葉に、ネルソンが顔を上げる。

「なぜ、我が命を果たさなかった」

 アモル王の顔が、怒りに歪んだ。

「ガイベル王国は、もう滅びてしまったではないか」

「まさか」

 ネルソンが目を見開く。

「しかし、デミガル王との宴はまだ」

「余の言葉を疑うのか」

 アモル王はネルソンを睨みつけた。

「デミガル王との宴など、とうの昔に終わったわ」

「それでは、王妃は」

「王妃は死んだ。リルティもだ。ムルボードに攻められ、みな死んだ」

「まさか、そのような」

 呆然とするネルソンに、アモル王は背を向けた。

「ネルソンよ。そなたならば、この国の危機を救ってくれると思っておった」

 そう言うと、肩越しに憎々しげにネルソンを見た。

「だが、とんだ期待はずれであったわ」

 吐き捨てるように言うと、アモル王は歩き去っていく。

「王、お待ちくだされ」

 ネルソンはその背中に叫んだ。

「どちらへ」

「どちらへ、だと」

 アモル王は足を止めた。

「決まっておろう」

 その背中に、じわりと赤黒い染みが広がる。

 気づけば、王の背中には無数の矢が突き立っていた。

 観客席から悲鳴が上がる。

「王」

 ネルソンが絶句する。

「死者は、死者の国に帰るのだ」

 アモル王は、ぞっとするほど冷たい目でネルソンを見た。

 その姿が、徐々に薄くなっていく。

「待っておるぞ、死者の国で」

 消える寸前、アモル王は言った。

「ネルソン。そなたも騎士ならば、いつまでも生き恥を晒すな」



 舞台の照明が灯る。

 剣を握った手をだらりと下げて、呆然と立ち尽くすネルソンのすぐ目の前に、セラハは薄く笑って立っていた。

 ノリシュも、場面が暗転する前と同じ位置にいる。

「ネルソン様!」

 ノリシュが叫ぶ。

「どうされたのですか。魔女は目の前です、ネルソン様!」

「叫んでも無駄よ、女」

 セラハは笑った。

「騎士っていうのはね、忠誠心の塊なの。だから強い。その忠誠心の力で、実力ではとても敵わないはずのアルマークのような剣士にだって勝ってしまう」

 そう言って、動かないネルソンの肩に手を置く。

「でもね」

 心から楽しそうに笑う。

「その忠誠の源がなくなれば、終わり。もうこの騎士には何の力もない。生きているけれど、死んだも同然」

 セラハは、ネルソンの周りをダンスでもするかのようにくるりと一周すると、からかうようにノリシュを見た。

「そう考えると、騎士って不便ね。理由なんかなくたって人を斬れるアルマークみたいな剣士のほうが遥かにたくましいと思わないかしら」

「何をしたの」

 ノリシュが震える声で、それでもセラハを睨みつけた。

「ネルソン様に、何を」

「別に、何も」

 セラハは笑う。

「あなたも見ていたでしょう? 私は何もしていない。ただ、この騎士の信念とやらが勝手に壊れただけ」

「嘘をおっしゃい」

 ノリシュは叫んだ。

「レイラ様の笑顔を盗んだあなたの言うことなんて信じないわ。卑怯なあなたのことだから、きっとネルソン様の大事な何かを傷つけたんでしょう」

「うるさい女ね。自分には何の力もないくせに」

 セラハの声が低くなった。

「そもそもあなたのような者が足を踏み入れることのできる場所ではないのよ、ここは」

 セラハはネルソンからゆっくりと離れ、ノリシュの方へと歩み寄っていく。

 その右手が青い光を帯びた。

「あなたから先にお逝きなさい。騎士は後から送ってあげる」

 ノリシュが身を硬くして目を閉じる。

 その瞬間。

 舞台を何かが横切った。

 セラハはそれを振り払うように腕を振ると、舌打ちする。

 その手に掴まれていたのは、一本の矢。

「こんな真似をして」

 セラハが怒りに満ちた声を上げた。

「ただですむと思っているの」

「お、お、思ってるわけないだろ」

 どもりながら袖から現れたのは、狩人のモーゲンだった。

 その手に弓を携えている。

 意外な再登場に、客席の一部から拍手が上がった。

「でも、その騎士さんをここであんたに殺させるわけにはいかねえんだ」

 モーゲンがセラハに言い、その後ろから精霊のバイヤーも姿を見せる。

「そうだぞ。魔女、お前少し調子に乗りすぎだ」

 セラハはうんざりしたようにため息をついた。

「森の魔女セラハも舐められたものね。たかが狩人と木っ端精霊風情が」

 そう言うと、髪の毛が波打つほどの魔力を発散する。

「私に逆らおうだなんて」

「精霊の力を舐めるなよ」

 バイヤーがそう応じて、その手に炎の塊を出現させると、それがモーゲンのつがえる矢にも移る。

「ノリシュさん!」

 セラハに矢の狙いを定めながら、モーゲンが叫んだ。

「今のうちに、騎士さんのところへ!」

「は、はい!」

 ノリシュは頷くと、セラハの目を盗んでネルソンの元へ駆け寄ろうとする。

「こざかしい」

 セラハがそちらに手を伸ばそうとしたが、そこにモーゲンが炎の矢を放った。

 セラハは舌打ちしてそれを払い落とす。

「よそ見してる暇はねえぞ、魔女」

 モーゲンが震える声で言った。

「こっちは二人がかりだ」

「ネルソン様!」

 その隙にネルソンに駆け寄ったノリシュが、ネルソンの肩を掴んだ。

「お気を確かに」

 それを見て、セラハは思い直したように手を降ろしてモーゲンたちに向き直る。

「まあ好きにすればいいわ。すぐに無駄だと分かるから」

 そう言って、酷薄な笑みを浮かべてみせた。

「さあ、先に死にたいのはどっち?」



 舞台が暗転し、ネルソンとノリシュの二人だけに光が当てられる。

「ネルソン様! ネルソン様!」

 激しく揺さぶられて、ネルソンが低くうめいた。

「しっかりしてください。魔女はもうそこに」

「王が」

 ネルソンは言った。

「王妃も、姫も」

 そう言って、絶望の目をノリシュに向ける。

「みな死んでしまった」

「は?」

 ノリシュが眉をひそめる。

「ネルソン様、何を言ってるんですか。誰も死んでなんかいませんよ」

「いや、死んだのだ」

 ネルソンは呆然と言う。

「王が、そうおっしゃられた」

「王? アモル王ですか? 王がこんなところにいらっしゃるはずがないじゃないですか」

「いや」

 ネルソンは首を振った。

「あれは確かに王であった」

「ですから」

「王がそれがしに嘘をおっしゃるはずはない」

 ネルソンはよろよろと膝をついた。

「間に合わなかったのだ。我らは」

「ネルソン様!」

 ノリシュはネルソンの肩を掴んで乱暴に揺さぶる。

「どうしたのですか、ここまで来て。もう魔女は目の前じゃございませんか」

 しかしネルソンの目は力を取り戻さない。

「もうダメなのだ。王はもうこの世にいない。それがしにはもう」

「ネルソン様!」

 ノリシュが叫んだとき、モーゲンとバイヤーが二人の元へよろよろと転がり込んできた。

「モーゲンさん! バイヤーさん!」

「もう終わり?」

 セラハの声が響くと、舞台全てに明かりが灯った。

「威勢良く出てきた割にはだらしのない」

 セラハは薄く笑いながら、ゆっくりと四人の方へと歩み寄る。

「どう? その騎士はもう使い物にならないでしょう」

 ネルソンの肩を抱くノリシュを見て、セラハは楽しそうに笑った。

「諦めがついたかしら」

「ノリシュさん、騎士さんを連れて逃げろ」

 モーゲンが震える手で弓を構えた。

「それくらいの時間は稼ぐ」

「いいえ」

 ノリシュは意を決したように首を振った。

 ネルソンの前に立つと、ぐっと唇を噛みしめる。

 ぱん、という乾いた音が講堂全体に鳴り響いた。

 セラハが意外そうな表情で眉を上げる。

 モーゲンとバイヤーが顔を見合わせて絶句する。

 頬を押さえたネルソンが、目が覚めたような顔でノリシュを見上げた。

「ネルソン様」

 ノリシュは涙をいっぱいにためた目で、ネルソンを睨んだ。

「もうダメだ、などと悲しいことをおっしゃらないでください。あなたはガイベル王国第一の勇士。私達の希望ではございませんか」

「ノリシュ殿」

 ネルソンが呟く。

「王でなければだめなのですか」

 ノリシュは言った。

「王妃でなければだめなのですか。お二人がいなければ戦えぬのですか」

 その目から涙がこぼれた。

「そのとおりよ」

 楽しそうにセラハが言う。

「騎士とは、そういうもの」

「うるさいな、お前は黙ってろよ」

 バイヤーが叫ぶが、セラハに睨まれると慌ててモーゲンの影に隠れる。

「私では何の力にもなれぬのですか」

 セラハの言葉に構うことなく、ノリシュがネルソンに言う。

「ネルソン様。私のためには戦ってはくださらぬのですか」

「もう諦めなさいな」

 セラハが呆れたように首を振る。

「さあ、茶番は終わりにしましょう」

 身を寄せて固まる四人にそう宣言したときだった。

 光が舞台を包んだ。

 おお、と客席がどよめく。

 ネルソンの握る剣が、光を取り戻したのだ。

「ノリシュ殿」

 ネルソンの手が、ノリシュの肩を掴んだ。

 その力強さに、ノリシュが顔を上げる。

 膝をついていたネルソンが、しっかりと立ち上がった。

「礼を言おう。このネルソン、王への忠誠のあまり、危うく最も大事なことを忘れるところであった」

 その目に力が戻っていた。

「ネルソン様」

 ノリシュの目からまたぽろぽろと涙がこぼれる。

「このネルソンを騎士と信じてくれる人がいる限り」

 ネルソンは微笑んだ。

「それがしは立ち上がることができる。何度でもだ」

 ネルソンの剣が七色の光を放つのを、セラハは忌々しそうに見た。

「その光。目障りだわ」

 ネルソンはノリシュに力強く頷いた。

「目の前にそれがしを騎士と信じてくれる人がいるのだ。もう迷わぬ」

「ネルソン様」

 そう言いかけるノリシュを首を振って制すと、優しく自分の背後に回す。

「アルマークにあんな偉そうなことを言った己が女を泣かせるとは。まだまだ修行が足りぬ」

そう言うと、ネルソンはセラハを見て剣を構えた。

「待たせたな」

「戦えるの」

セラハがからかうように尋ねる。

「騎士のくせに、信念もないままで」

「戦えるとも」

ネルソンは頷く。

「ノリシュ殿」

 ネルソンはノリシュを振り返り、もう一度頷いた。

「ガイベルの騎士ネルソン。これよりは、そなたの騎士となる」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ノリシュの騎士になる。 是非舞台の後でも言ってあげて下さいw
[良い点] そー言えば、旅立つ前に王様からノリシュを連れて行けとの命でしたね。 ネルソン1人では魔女を倒すことは出来ない、と。 こーゆー事だったのかな。。
[一言] あぁ……また、眼から汗が……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ