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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十五章

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叫び

 ネルソンの攻撃が勢いを増すのを見て、客席のフィッケが感嘆の声を上げた。

「すげえな、あの立ち回り。一体あいつらどれくらい練習したんだよ」

 そう言い終えるやいなや、両手を口に当てて、

「ネルソン頑張れー!」

 と叫ぶ。

 顔をしかめてうるさそうにしながら、アインは半ば独り言のように答える。

「あれは練習の成果ではないだろう」

 舞台の上ではアルマークが左手をだらりと垂らしたまま、右手一本でネルソンの攻撃を捌き続けている。

 徐々にネルソンの勢いに押されているように見えるが、その表情に変化はない。

「ネルソンの本気の攻撃を、全てきれいに受けているんだ。アルマークが」

 しかしフィッケはネルソンへの声援に夢中で聞いていない。

「いけ! そこだ!」

「それに自分の攻撃も絶妙な力加減でネルソンが受けられるように」

「それだ、ネルソン!」

「ああ、うるさいな」

 アインは首を振った。

「なんで僕の隣はいつもこいつなんだ」



「騎士ネルソン」

 激しい攻撃を受け流しながら、アルマークが言った。

「刻む価値のある名だ」

 そう言って、微笑む。

「ならば刻め」

 ネルソンが剣にさらに力を込めた。

「我が剣とともに」

 その渾身の一撃を、アルマークが流しきれずによろけたように見えた。

 おおっ、と歓声が上がる。

「だが、惜しいな」

 そう言ったアルマークの左手が動いた。

 剣を両手で握った瞬間、アルマークの雰囲気が一変した。

 ネルソンの追撃をアルマークが不十分な体勢で受けた、と見えた瞬間、弾き飛ばされるように後ずさったのはネルソンの方だった。

「ぐっ」

 ネルソンが剣を構え直して目を見張る。

 その眼前で、アルマークがゆっくりと体勢を立て直す。

「人はそう簡単に変われはせぬ」

 アルマークの剣が影を深める。

「人の声に背を押され、支えられ」

 アルマークは笑った。

「そんなものは一人で戦えぬ者の戯れ言だ」

 今度はアルマークが床を蹴った。

 初めてアルマークから先に仕掛ける、両手の一撃。

 ものが違う、ということが誰の目にも一瞬で分かった。

 今までの攻防が遊びででもあったかのような、速さと重さ。

 かろうじて受けたはずのネルソンが、まるで受けた剣ごと身体を斬られでもしたかのようによろめいた。

 そのまま追撃すれば、それで勝負はついたように見えた。

 だがアルマークは立ち止まった。

 よろめいて膝をつくネルソンを見下ろした。

 そして、己の力を誇示するかのように剣を突き出す。

「見ろ」

 アルマークは吼えた。

「これが見えるか」

 ネルソンに叫んでいるようで、それはまるで別の何かに向けての叫びのようでもあった。

「俺は一人でも、こんなにも強い」

 下級生の何人かが思わず耳を塞ぐような、凄絶な叫びだった。

 先ほどまでネルソンの応援で熱狂していた観客席が、死んだように静まり返った。

「すげえな」

 コルエンが呟く。

 誰も彼もが、アルマークのその気迫に気圧されている中で、最初に声を上げたのは勇敢な侍女だった。

「ネルソン様は」

 ノリシュが叫んだ。

「この国一番の勇士」

 その声が震えていた。

 それでもノリシュは絞り出すように叫んだ。

「勇敢な騎士ネルソン。あなたの尽きぬ勇気こそ、この王国の誇り。輝ける下界の宝石。どうか負けないでください。あなたはこの国の隅々までを明るく照らす光。あなたは」

「ノリシュ殿」

 ネルソンがノリシュの言葉を遮った。

「その辺でよい」

 穏やかな声だった。

「さすがに少々照れるのでな」

 ネルソンはノリシュを安心させるように口元だけで笑ってみせた。

 ゆっくりと立ち上がり、アルマークに向かい合う。

「子供が駄々をこねて泣いているのかと思ったぞ」

「なに」

 アルマークが片眉を上げる。

「一人でも強い、か」

 ネルソンは再び剣を構えた。

「だが、汝一人の力では、このネルソンは斬れぬ」

「面白い」

 アルマークの顔が凶悪に歪む。

「ならば試してみようか」

 そう叫びざま、一瞬で距離を詰めた。

 その勢いのまま、ネルソンに剣を叩きつける。

 受け止めたネルソンが大きくよろけた。

 アルマークの追撃がそこを襲う。

 がつん、がつん、という鈍い音。

 観客が思わず首をすくめ、目を背けるほどの攻撃。

 しかしネルソンはそれを全てしっかりと受け止めた。

「どうした」

 意外な表情で立ち止まったアルマークに、ネルソンが声を掛ける。

「斬れぬか。斬れぬだろう、このネルソンは汝だけの力では」

「ほざけ」

 アルマークがまた斬りかかる。

 だが、結果は同じだった。

 全てかろうじて受けているように見えたネルソンだったが、アルマークに決定的な一撃を許さなかった。

「しぶといな」

 ついにアルマークがそう呟いたとき、客席がざわめいた。

 舞台の袖からゆっくりと裸足の女性が現れたのだ。

 舞台の雰囲気をまたも塗り替える、死闘の場面に似合わぬ非現実的な美しさ。

「アルマーク」

 ウェンディが呼びかけた。

 悲しみに満ちた声だった。

「もうやめて」

「ウェンディさん」

 気付いたノリシュが息を呑む。

「そうか、霧が晴れたからあなたもここまで来ることができたのね」

「聞こえるか、剣士アルマーク」

 ネルソンが呼びかけた。

「あの声が」

 だがアルマークは不快そうに顔をしかめた。

「何を言っている」

「アルマーク」

 ウェンディがもう一度呼びかけた。

「お願い。もうこんな悲しいことはやめて」

「聞こえぬのか。自分の恋人の声が」

 ネルソンの言葉にアルマークが目を見開く。

「恋人だと」

「美しい女性だ。あんなに悲しそうな顔をして。見ろ、汝の背後にいる」

 アルマークは弾かれたように振り向くが、その視線は宙をさまよう。

「誰もおらぬではないか」

 その言葉に、ウェンディが悲しそうにうつむく。

「剣では勝てぬと見て俺をたばかるか、騎士よ」

 アルマークはそう叫んでネルソンに向き直った。

「往生際の悪い」

「その女性の名はウェンディ」

 ネルソンは言った。

「自らの死を、汝が己のせいだと悔やんで、魔女の呪いに堕ちたことを悲しんでいる」

 アルマークが動きを止める。

「今こそ彼女の言葉を伝えよう。聞け」

 ネルソンは剣を下ろした。

「彼女はこう言っていた。私の死はあなたのせいではない。もうこんな悲しいことはやめてほしい。それは魔女との契約などではなく、呪いだと」

「黙れ」

 アルマークがネルソンの言葉を振り払うように自分の前で剣を振った。

「口からでまかせを」

「アルマーク」

 ウェンディの悲痛な叫び。

 だがアルマークは振り向かない。

「見えぬのか、あの哀れな姿が」

 ネルソンが言った。

「聞こえぬのか、あの悲痛な叫びが」

「黙れ」

 アルマークはもう一度叫んだ。

「俺には何も見えぬ。何も聞こえぬ」

 その声に、ウェンディと同じ悲痛な響きが混じる。

「見えぬなら、聞こえぬなら、そんなものはないのと変わらぬ」

「霧は晴れたのだ」

 ネルソンは声を励ました。

「汝の心の霧も、晴らすときが来たのだ」

「黙れと言っている」

 アルマークが感情を露わにネルソンに飛びかかった。

「アルマーク」

 ウェンディが叫んで顔を手で覆う。

 アルマークの一撃を、ネルソンがしっかりと受け止めた。


「女を泣かすな!」


 ネルソンの一喝に、アルマークが一瞬気圧されたように後ずさった。

 二人の背後で、ノリシュが両手を広げた。

「ウェンディさん、私と一緒に伝えよう。あなたの魂に、私の身体を貸す」

 その言葉に、ウェンディがはっと顔を上げた。

 涙が宝石のように散る。

「一緒に伝えよう」

 ノリシュがそう言って力強く頷く。

「目を開け。耳を澄ませ」

 ネルソンが言う。

「汝は強き剣士だろう」

「もう黙れ、騎士よ」

 アルマークは叫んだ。

 大きく剣を振りかぶってネルソンに飛びかかる。

 影が渦を巻いた。

 その一撃はさらに重くなっていた。

 さしものネルソンもこらえきれずに膝を折る。

「お前は喋りすぎだ」

 アルマークが叫んでもう一度剣を叩きつける。

 受けたネルソンがたまらず膝をついたその時だった。


「アルマーク!」


 ノリシュの叫び。

 そこに、もう一人の女性の声が重なった。

 アルマークが目を見開いて動きを止める。


「もうやめて!」


 アルマークが信じられないという表情で振り返る。

 その目が、確かにノリシュの背後のウェンディを捉えた。

 口が動く。

 ウェンディ、と。

 だが、声にならなかった。

「許せ」

 ネルソンが膝をついたままで剣を突き出した。

 光が弾ける。


 決着。

 観客の目に、ネルソンの剣が確かにアルマークの胸を貫いたように見えた。





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― 新着の感想 ―
一人だけでもこんなに強いというアルマークのセリフは 図らずしも先に戦ったライヌルの言葉を再現した形になっていますね。
[良い点] 女を泣かせる奴、ネルソンは認められませんからね。 アルマークに語ってみせた言葉が現れた熱いシーンですね。
[一言] この演劇を生で観てみたいとマジで思いました! 引き続き楽しみに更新お待ちしています!
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