失敗
治癒術のセリア先生が持ってきてくれた薬湯を飲むと、体のなかに魔力が、ぽた、ぽた、と滴のようにゆっくりと溜まっていく感覚があった。
しばらくして、めまいも治ったアルマークは、そろそろ帰ろうかとベッドから起き上がった。もう授業自体も終わってしまう時間になっていた。
今日はクラスのみんなを驚かせてしまった。夕食のときに謝らなければ。
明日はアルマークにとって初めての休日で、ウェンディやモーゲンが書店にようやく届いた彼の教科書を受け取りに行きがてら外の街を案内すると言ってくれていたのだが、それも断らざるを得ない。
そんなことを考えながら部屋を出ようとすると、逆に外からドアが勢いよく開けられた。
「アルマーク君!」
飛び込んできたのは、ウェンディたちだった。
「大丈夫? フィーア先生が、今日はもう先に寮に帰すって言うからもう心配で」
先頭で飛び込んできたウェンディがアルマークを頭から足の先まで点検してから、彼の右手を取って両手でさする。白くすべすべとした絹のような触感がアルマークの皮膚の上をなぞっていく。
「傷はないみたい。よかった」
そこまでして、やっとウェンディは笑顔を見せた。ありがとう、もう大丈夫、とぎこちなく答えるアルマークに、みな口々に「よかったねー」と言い合う。
「それよりもみんな、ごめん。炎が制御できなくてみんなを危ない目にあわせてしまった」
アルマークは頭を下げたが、みんなの反応は意外なものだった。
「いやいや、よくあることだから」
すぐにネルソンが気軽に応じた。
「一番最初の頃はみんな灯の魔法がうまくコントロールできなくて、火傷しそうになったり火柱立てたり、そりゃ大変だったんだから。なっ」
言いながら振り返ると、みんなも、うんうんと頷く。
「そうそう。みんな失敗してきてるから。全然大丈夫だよ」
モーゲンが言うと、リルティも小さい声で
「私も、横にいたトルクの髪の毛焦がしちゃって……」
と言い、それにみんなが吹き出した。
「あのときは大変だったな! リルティはおとなしそうに見えて時々とんでもないことするからな」
場が和んだところで、ノリシュが思い出したように、ぽつんと言った。
「でも、あんなに大きい炎が出ちゃった人はいなかったよね」
それにみんなが頷く。
「そうだね。アルマーク、あの炎は今のところうちの学年のナンバーワンの大花火だよ」
モーゲンが親指を立てながら、慰めともなんともつかない言葉をかけてくれた。
「ありがとう。みんなもっと……怒ってるのかと思ってた」
「そんなわけない。誰でも失敗はするもんだよ」
ネルソンが言い、ウェンディが頷く。
「みんな、それぞれお互いに迷惑かけてきてるからね。今はだいぶマシになったけど、入りたての一年生のときとか……ね」
ウェンディの言葉に、皆それぞれ思い当たる節があるようで、あー、とか、んー、とか声を出す。
「だからアルマーク君も遠慮しないで。今はイルミス先生の特訓は瞑想だけって聞いたけど、手伝えるようになったらいつでも言ってね」
「ありがとう」
アルマークは心から感謝した。その後で、明日は街に出られない旨を伝える。
ウェンディの顔が残念そうに曇り、連れていってあげたいお店がいろいろあったのに、と言う。
結局、ネルソンとモーゲンが代わりに教科書を書店に取りに行ってくれるという話にまとまった。
みんなが出ていった後で、アルマークは暖かい気持ちで校舎を出た。
いい仲間に巡り会えた、と思った。彼らの気持ちを裏切りたくないな。
途中で、レイラに出会った。どこに行くのか、早足で歩いていた。
「あ、レイラ。今日は……」
謝ろうとアルマークが声をかけると、レイラの冷たい視線に出迎えられた。
「自分で制御もできない力を振り回して。まるで猿ね」
レイラは見下したようにアルマークを一瞥した後で、
「私には時間がないの。授業の邪魔だけはしないで」
と言い残し、去っていった。




