竜の炎
気付くとアルマークは校舎の医務室のベッドに寝かされていた。
体を起こす。痛みはない。右手を見るが、火傷している様子もない。
窓の外はまだ明るい。日はまだ高いところにある。
どれくらい気を失っていたのだろう。長い旅の途中でも、あれだけ無防備に気を失ってしまうことはなかった。それは死を意味したからだ。
とんだ大失敗だ。
アルマークはため息をついて右手を窓にかざした。
いったい、なんだったのだろう。意思を持ったように膨れ上がった炎。急激に吸い取られていった魔力。
ベッドから降りようとすると、めまいがした。体に力が入らない。
「まだ歩かない方がいい」
突然声をかけられて、アルマークは驚いて振り返った。イルミスが壁にもたれ掛かって彼のほうを見ていた。
彼の気配に全く気づかなかったのは、アルマークの衰弱がよほど激しかったからだろう。外傷はないものの、想像以上にアルマークの体はダメージを受けているようであった。
「体の中の魔力をほとんど放出してしまったんだ。もう少し横になっていろ」
ずっとついていてくれたのだろう。イルミスはそう言いながらゆっくりと近づいてきた。
「イルミス先生……僕は、いったい」
アルマークはなおも体を起こしたままでイルミスに尋ねた。
「灯の魔法を使おうとしたな」
「はい」
アルマークが頷くと、イルミスは首を振った。
「君が使ったのは灯の魔法などではない。あれは竜の炎。敵対する相手を焼き尽くす破壊の魔法だ」
「竜の炎……相手を焼き尽くす破壊の……」
そう繰り返した後でアルマークは気を失う直前に聞いたクラスメイトたちの悲鳴を思いだし、背筋が凍った。
「じゃあ、ほかのみんなは」
「……誰も怪我はしていない。君の体の中の魔力はろくに練られていなかったので、あっという間に燃え尽きてなくなったからな」
「そうですか……よかった」
安堵のため息を漏らすアルマークの顔を、イルミスはじっと覗きこんだ。
「なぜ、あんなことが起きたと思うね?」
「……わかりません。確かに僕は瞑想の訓練しかしていませんでしたけど、灯の魔法のイメージはできていたと思いました。小さな炎をずっとイメージしていたんです。大きな炎、ましてや、竜の炎?なんていう考えたこともない破壊の魔法なんて、どうしていきなり」
「竜の炎は、高等部で習得する魔法だ」
イルミスは言った。
「別に難しい魔法ではない。発動するだけなら中等部の学生でも十分できる程度の魔法だ」
ただ、とイルミスは付け加えた。
「この魔法は魔力の消耗が非常に激しい。体が成長しきっていない子供が使えば命にかかわる」
「ああ、それで……」
アルマークはあっという間に全身の魔力を消耗し尽くして気を失ってしまったのだ。
「僕は瞑想もきちんとできていない状態で、自分の魔力をとんでもないものに結びつけてしまったんですね」
「そういうことだ」
イルミスは頷いた。
「前にも言ったろう、君は賢すぎると。目や耳から入ってきたことを瞬時に理解し、解釈し、応用しようとする。しかし、こと魔法に関する限り、それは真の理解ではない」
「……はい」
気絶する直前、イルミスの声を聞いた。
『だから言ったろう』
それはつまりそういうことだったのだ。
アルマークが自分の頭で考えた灯の魔法のイメージ。それはアルマークが勝手に解釈していただけの話で、現実には全く別のものとして現れてしまった。
イルミスの言った通りだった。
アルマークは自分の思い上がりを恥じた。
イルミスは、そんな彼をもう一度ベッドに横にさせると、立ち上がった。
「治癒術のセリア先生がじきに薬湯を持ってきてくれる。それを飲んだら、もう少し休んでから寮に戻りなさい。今日と明日は瞑想の訓練もしないこと。自室で静養して魔力の回復に努めなさい」
「……わかりました」
アルマークは唇を噛んだ。
「先生、ご迷惑をおかけしました」
「君には才能がある。それは間違いないことだ。だが、大きすぎる才能ゆえに制御するには相当の訓練と覚悟が必要だ。先日、君には残された時間は多くない、と私は言ったが……」
ドアの前で、イルミスはもう一度振り返ってアルマークを見た。穏やかな口調で言う。
「それは、あせれという意味ではない。あせりは禁物だ。あせらず、しかし、たゆむことなく、丁寧に。……継続しなさい。君の中にある力だ、君に制御できないはずはない」
「……はい」
アルマークは頷いた。今は、イルミスの言葉を信じるしかなかった。




