炎
そんな風にあっという間に日が過ぎていった。
学校では10日に一日休みがある。
アルマークがこの学院に来て初めての休日の前日。
今日も魔術実践の授業だ。
魔術実践場にいつものように整列して、教師を待つ。
イルミスが入ってきて授業が始まる。最初は灯の魔法だ。
みんなが手に炎を灯す。安定したやさしい光が学生たちの手元に生まれていく。
これまでも魔術実践の授業ではみんなの魔法を見ているだけだったアルマークは、みんなの様子を見ながら、自分は瞑想を始めた。
まだ、イルミスからは瞑想のやり方以外は習っていない。
しかし今までに彼からもらったアドバイスのエッセンスを抽出すれば、魔法の本質とは、いわゆるイメージ。
自分の中にある魔力をいかにしてほかの姿に、ほかの力に変えることができるか。恐らくそういったことだろうと思われた。
灯の魔法、つまり自分の体内にある魔力を、手のひらの上に小さな炎として発現させること。
アルマークは瞑想し、そっと右手のひらを上に向け、炎を灯すイメージをする。
灯。小さな灯。
イメージを集中させる。
しかし、右手に変化はない。
だめだ、うまくいかない。
アルマークは目を開けた。
授業は次の魔法に移る。
今日は風の術の練習だ。
杖全体から、風を吹かせる術。
攻撃のための術ではないので、ゆっくりとやさしいそよ風を吹かせる。そこから徐々に、木の枝が激しくざわめく程度にまで風を強めていく。
学生それぞれ、魔法ごとに得意苦手があるということは、アルマークにも見ていてわかった。
石刻みの術ではあんなに苦労していたノリシュが、今日は生き生きと、やさしいそよ風を吹かせている。
逆に、トルクはいきなり強い風を吹かせてしまい、イルミスから注意を受けている。
ウェンディとレイラはどの魔法も満遍なく上手にこなす。性格は正反対に見える二人だが、魔法の才能は拮抗しているようだ。
モーゲンは風の術でも苦戦しているようだ。なかなか風の強さが安定しない。
石刻みの術と同じように見えて、魔力の使い方、イメージの使い方に大きな違いがあるのだろう。アルマークはクラスメイトたちの得意不得意を見ながら、そう考えた。
ウォリスは何をしているのかな、とアルマークは金髪の少年の方に目をやった。
クラス委員のウォリスとは、アルマークはまだ一言も喋ったことはない。
自分がクラス委員だという自己紹介も受けなかった。
アルマークのほうから彼に話しかけようとしたことはあったが、ごく自然な感じでその場を離れられてしまった。
意識的にアルマークを避けているように見えた。
かといって誰にでも冷たいのかというとそんなことはなく、むしろほかのクラスメイトからは頼りにされ、慕われているようだった。
ウェンディも屈託なく、「何かあったらウォリスに相談すれば何とかなるよ」と教えてくれた。
以前、モーゲンがウォリスも貴族の子弟だと教えてくれたが、アルマークはそのとき彼の姓までは聞かなかった。
実際、アルマークも授業に着いていくのに必死で、ウォリスのことにばかり構ってはいられない。
そういうわけで、今に至るまで彼とは言葉を交わしたことは無いままであった。
ウォリスは恐らく何か、ほかの生徒とは違うことをやっているのだろう、ということはわかった。しかし、それがなんなのかまではわからなかった。
アルマークはそっとみんなの風が届かない場所まで下がり、杖を床に置いて目を閉じた。
さっきの灯の魔法にもう一度挑戦してみよう。
瞑想の練習を始めてからというもの、イメージはそれまでよりもずっと鮮明になっていた。体を流れる魔力のイメージも具体的だ。
右手を上に向け、その手のほんの少し上の空間に、小さな炎が宿る様をイメージする。
体から流れ込んだ魔力が右手に集まり、それが小さな炎として結実する。結実した炎を、消えないようにその場に留める……
ぽつっ、とアルマークの手の上に炎が点った。
ふらふらと安定しない弱々しい炎ではあったが、間違いなく魔法の炎が彼の手のひらの上を照らしていた。
「やった……できた」
毎日の瞑想の成果だろう。自分でも思った以上に早く、成功させることができた。
アルマークは顔をあげてイルミスを探した。
ちょうどイルミスは別の生徒にアドバイス中で彼のほうを見てはいなかった。
僕が初めて使った魔法だ。
アルマークは小さな炎を大事そうに見つめた。
そのときだった。
不意に、その炎が大きく揺らいだ。
アルマークには、炎が手の中で悪意を持って身をよじったように見えた。
体の中の魔力がその炎に一気に吸い取られていくのを感じる。
えっ、なんだこれ……
アルマークが戸惑った瞬間、炎が爆発するように膨れ上がり、アルマークの手から大きな火柱が天井近くまで上がった。
突然の事態に大きな悲鳴が上がるが、アルマークの視界は噴き出す炎に遮られ何も見えない。
ノリシュやリルティたちの悲鳴。
トルクの怒声。
ウェンディの「アルマーク君!」という悲痛な叫び声。
様々な声の中で、イルミスの小さな呟きがなぜかはっきりとアルマークの耳に届いた。
「だから言ったろう」
全身の力を搾り取られるような感覚の中で、アルマークは意識を失った。




