勝ち名乗り
コルエンが草を撒き散らして地面を転がる。
呆然とその光景を見ていたポロイスが、ややあって自分の役割を思い出す。
「そ、それまで」
そう叫んでから、コルエンに駆け寄る。
「コルエン、大丈夫か」
コルエンは地面に横たわったまま動かない。
「しっかりしろ」
ポロイスがコルエンの肩を叩く。
アルマークも慌てて二人に近付いた。
「意識がないのか」
そう言った途端、コルエンが機械仕掛けのようにがばっと上体を起こした。
「すげえ」
開口一番、コルエンは叫んだ。
「いてえ」
腹を押さえてそう叫び、アルマークの顔を見て、もう一度叫ぶ。
「すげえ」
「大丈夫か」
ポロイスがほっとした様子でもう一度声をかける。
「僕の時よりも遥かに強烈だった。腹に穴でも開いたのかと思ったぞ」
「おう。防具がなかったら死んでたな」
コルエンは無邪気にポロイスに頷いた後で、立ち上がる。
身体を起こすときに、やはり顔をしかめて、いてて、と呻くが、意外にしっかりとした足取りで立ち上がると、アルマークに向き直った。
「なんて顔してるんだ」
コルエンはアルマークの顔を見て笑い、肩を叩いた。
「まるで間違って俺を殺しちまったみたいな顔をしてる」
「大丈夫か」
アルマークはコルエンの顔を見られなかった。
うつむいてひびの入ったコルエンの胴にそっと手を触れる。
「痛いだろう」
「痛くねえと言えば嘘になるな」
コルエンは首をかしげる。
「もしかしたら、骨の一本や二本、いってるかもしれねえが」
胴を手でさすってそう言った後で、アルマークをまじまじと見る。
「そんなことはどうでもいいんだ」
その目に浮かんでいるのは、純粋な称賛の色だった。
「ほとんど見えなかった。反応すらできなかった。あんなすげえ突きは初めてだ」
コルエンはアルマークの肩をもう一度叩く。
「強いな、お前は。俺が今まで出会った誰よりも強い」
コルエンの無邪気な称賛は、しかしアルマークの心をかえって重くした。
「打つべきじゃなかった」
アルマークはそう言って唇を噛んだ。
「試合で出すような突きじゃなかった」
込めてはいけない殺気を込めてしまった。
そして、僕は確かに思った。
とった、と。
命の奪い合いでも何でもないこの戦いで、僕は、コルエンの命をとった、と思った。
歓びとともに。
そんなアルマークの様子に、コルエンがまた笑う。
「お前のすげえところは、まだまだ本気じゃねえところだ」
その言葉に、ポロイスが唖然とする。
「あれで本気じゃないだと? 嘘だろ」
「本気じゃないわけじゃないんだ」
アルマークは首を振る。
力を出し惜しみしているわけじゃない。
コルエンとの勝負もウォリスとの勝負も、武術大会でのポロイスとの勝負も、全てアルマークは十分に本気だった。
ただ、たとえば北の戦場や冬の屋敷で他の傭兵たちと命のやり取りをしている時とは、本気の場所が違う、という感覚があった。
しかしアルマークにもうまく説明できなかった。
そして、さっきは危うくそちらの本気を出しそうになってしまった。
「見てみてえな、アルマークの本気」
コルエンはそう言って、ポロイスを振り向く。
「まあその時は、俺は生きちゃいないんだろうけどな」
屈託なくそんなことを言って笑う。
「趣味の悪い冗談はよせ」
ポロイスが渋い顔でたしなめるが、コルエンはどこ吹く風だ。
「いや、俺は割と本気だぜ」
さっきまでのぎらついた感じはすっかりなくなり、いつもの無邪気なコルエンに戻っていた。
「本気のアルマークと戦えるなら、そこで死ぬのも悪くねえかもな」
「やめてくれ」
アルマークは首を振った。
防具を乱暴に脱ぎ、ポロイスに押し付ける。
「もうこれで終わりだろ」
「まだだ」
コルエンが笑顔で首を振る。
「決闘は、立会人から勝者の名前を告げられるまで終わらねえ」
そう言って、防具を押し付けられて憮然とした顔をしているポロイスに声をかける。
「ポロイス、役目を果たせ」
「ああ」
ポロイスは防具を地面に置くと、両手を挙げて二人を呼び寄せた。
「勝者、アルマーク」
ポロイスが厳かに告げ、アルマークは小さく頷いた。
「あーあ、また負けた」
そう言ってコルエンは剣を放り投げた。
剣はくるくると回転して、柔らかい地面に突き立った。
「でも、楽しかったぜ。最高だった」
コルエンは満足そうに笑った。
「こんな負け方、なかなかできるもんじゃねえ」
「結局、お前が一人で一番楽しんでいたな」
ポロイスが呆れたように言う。
「そういえば、僕も」
アルマークも律儀に立会人を務めたポロイスの姿を見て、思い出したことがあった。
「立会人の役目を果たすよ」
そう言って、ポロイスに向き直る。
「相手はもういないけれど、僕は自分の裁定に自信がある」
アルマークはポロイスの顔を見て、はっきりと宣言した。
「勝者、ポロイス」
「ありがとう」
ポロイスは、少しだけ口許を緩めた。
「君が言うんだ。僕の勝ちで間違いないのだろう」
それから、真剣な顔のままで首を振る。
「だが、やはりこの勝負は無効だ」
「こだわるな」
コルエンが笑った。
「お前らしい」
ポロイスはコルエンの言葉を意に介さず、続ける。
「立会人の勝敗の宣告は、決闘の両者、もしどちらかに意識がなければその付添人が、必ず聞き届けなければならない。ガレルもモルフィスもこの場にいない以上、君の宣告は無効だ」
ポロイスの説明を聞いて、アルマークも理解した。
このルールを守ることは、彼らの誇りと一体なのだ。
ポロイスがここで自らの勝利を認めないのもまた、彼の誇りなのだと。
「そうか。分かった」
アルマークが頷くと、ポロイスはそこで初めて険のない笑顔を彼に向けた。
「だが、君の気持ちには感謝する。ありがとう」




