裁定
その後、両者が一本ずつを取り合い、勝負は最後の五本目にもつれ込んだ。
両者ともに汗だくになっていたが、特にポロイスの方に疲労の色が濃い。
ここまで互角の勝負を演じてきたとはいえ、年上のガレル相手にかなり無理をしてきたのだろう。消耗しているのが、傍目にも明らかだった。
「さあ、さあ! ポロイス気合い入れろよ、ここが勝負だぞ!」
コルエンが手を叩いてポロイスに発破をかける。
「分かっている」
肩で息をしながらも、ポロイスはいまだ闘志の衰えない表情でそう答える。
「正義が勝つことを僕が証明せねばならないからな」
「貴様に正義なぞない」
ガレルが、これも汗を滴らせながらも不敵な笑みでそう言い放つ。
「それをこれから僕が証明してやろう」
「相手は完全にバテてるぜ。ガレル、さっさと決めてやれ」
モルフィスが言い、ガレルも頷く。
「そうだな。それがせめてもの情けだ」
「それじゃ、五本目だね」
アルマークが両手を挙げて両者を呼び寄せる。
「じゃあこれで勝った方が勝ちということで」
「まあここまでよく食らいついてきたと誉めてやろう」
ガレルが言う。
「結果は変わらないというのに、不憫なことではあるが」
「その思い上がりこそが、貴様が地獄に落ちる最大の原因となるだろう」
ポロイスが言い返す。
「身の程を知らぬ者の成れの果てよ」
「僕にそんな口をきくのは天に唾する行為と知るがいい」
ガレルが嘲笑う。
「まあこの決闘のあとでまだ命があればの話だがな」
「貴様はその卑しい性根とともに地獄に落ちるのだ、ガレル」
ポロイスが冷笑する。
「見えないのか。すでに死神が貴様の足を掴んでいるぞ」
「死神が見えるのは死の迫った者だけよ。死神は貴様を迎えに来たのだ、ポロイス」
「え、二人とも死ぬのかい」
アルマークは思わず口を挟むが、二人が血走った目を向けたので、うつむいて手を振って続きを促す。
「失礼。続けて」
ポロイスが咳払いをして気を取り直す。
「この勝負で貴様の胸に僕の剣が突き立つだろう。墓標のようにな」
「やってみるがいい。貴様のなまくらで貫けるほど僕の誇りは安っぽくはないぞ」
「ほざけるうちにほざくがいい」
「ふん。笑止だ」
「貴様が笑止だ」
「ふん」
「くだらん」
アルマークは二人の口が閉じたのを確認すると、
「剣を合わせて」
と声をかける。
剣先を合わせると、もう五本目ともなれば二人とも言うことは言い尽くしたようで、
「死ね」
「貴様が死ね」
と言葉少なに罵り合った。
「はじめ!」
アルマークの声とともに、二人が間合いを取る。
さすがにここまで四本の勝負を重ね、二人ともすっかりお互いに手の内が分かってしまっている。
迂闊なことをして勝負を落とすことのないよう、じりじりと距離を測り合う。
そのまま、二人が全く手を出さないままでゆっくりと一周するように円を描く。
「お前から行け、ポロイス」
コルエンが声をかける。
「守りに入ったって勝てねえぞ」
「自分から決めろ、ガレル」
モルフィスも叫ぶ。
「相手は年下だぞ。待ってどうする」
付添人二人の言葉に反応したのか、ポロイスとガレルが同時に動いた。
同時に前に踏み込み、鋭い突きを繰り出す。
がつん、という鈍い音がした。
二人の胴にそれぞれ相手の剣が突き立っていた。
「それまで」
アルマークが声をあげる。
「勝者はポロイス」
「バカな」
叫んだのはガレルだ。
「僕の方が速かった」
「俺も見たぞ」
モルフィスも叫ぶ。
「でたらめを言うんじゃねえ。ガレルの勝ちだ」
しかしアルマークは首を振る。
「ポロイスが一瞬速かった」
「何言ってやがる」
モルフィスが歯軋りして首を振る。
「どこに目をつけてんだ。素人が。お前は何も分かっちゃいねえ」
「お前ら、アルマークの目の良さを舐めるんじゃねえぞ」
コルエンがそう言って薄く笑う。
「俺も見たぜ。ポロイスの方が一瞬速かった」
「お前はポロイスの付添人なんだからそう言うに決まっているだろう!」
ガレルが激昂する。
「僕は認めんぞ。絶対に僕の方が速かった」
「立会人がポロイスの勝ちだと言ってるんだ」
コルエンの目が鋭くなる。
「潔く認めろよ」
「茶番だ」
モルフィスが吐き捨てる。
「そもそもお前らがこいつを立会人として連れてきた時から怪しいと思ってたんだ」
「その通りだ」
ガレルも同調する。
「一本目の裁定からおかしかった。あれは僕の勝ちだった」
その言葉にモルフィスが頷いて、アルマークに叫ぶ。
「言えよ。こいつらに何を言い含められてきたんだ」
「別に何も」
アルマークが首を振り、そこにコルエンが口を挟んだ。
「お前らもアルマークをこの決闘の立会人と認めたはずだ」
コルエンの声は険しさを増していた。
「それ以上アルマークを侮辱するなら、俺も黙っちゃいないぜ」
「ほう。どうするってんだ」
モルフィスの声も低くなる。
「教えてもらいてえもんだな、コルエン」
「恥をかくのがお望みかい」
コルエンの顔が好戦的に歪む。
「よせ、コルエン」
それまで黙っていたポロイスが口を開いた。
肩で息をしながら、コルエンとモルフィスの間に割って入る。
「アルマークの裁定は正しかった。だが、こいつらがそれに納得がいかないのなら僕は納得のいく勝ち方をしてやろう」
そう言ってポロイスはガレルを睨み付けた。
「決闘が終わった後で、あれは無効だなどと騒がれるのはごめんなのでな。来い。もう一度相手してやる」
その眼光に、ガレルが一瞬怯んだ顔をする。
「恩着せがましいことを言うな」
ガレルは吐き捨てるように言った。
「やり直しは当たり前だ。裁定が間違っているのだからな。そのことに感謝などしないぞ」
「好きにしろ」
ポロイスはガレルに言い捨てた後、アルマークに向き直る。
「アルマーク、すまなかった。君の裁定は間違っていないが、もう一本だけ付き合ってくれるか」
「僕は構わないけど」
アルマークは肩をすくめる。
「あちらがまだ、僕を立会人とすることに納得するかどうかだね」
「俺は納得しねえ」
モルフィスがアルマークの言葉に自分の言葉をかぶせる。
「コルエンはお前のことを強い、強いと言うが、お前からはまるで強さを感じねえ」
モルフィスはそう言いながらアルマークの前に立ちはだかった。
アルマークの目の前にまるで大きな壁が現れたかのような圧迫感がある。
「お前みたいな奴に、こんな緊迫した決闘の裁定ができる実力があるとはとても思えねえ」
モルフィスは身を屈めてアルマークの顔を覗き込むと、低い声で言った。
「場違いなんだよ、お前」
気の弱い相手なら震え上がりそうな、ドスの利いた声。
「失せな」
そう言ってアルマークの肩に手をかける。
アルマークは、ため息をついた。
「力を示せばいいのかい」
「示せるもんならな」
モルフィスがアルマークの顔を覗き込んだまま笑った、その瞬間だった。
目にも止まらぬ速さで繰り出された右拳がモルフィスの頬を弾き飛ばし、モルフィスは身体ごと半回転して顔から地面に突っ込んだ。
「これでいいかな」
アルマークは唖然とするガレルとポロイスに、事も無げに言う。
「それじゃ、ガレルの付添人が目を覚ましたら、最後の一本を始めようか」




