魔法の本
それから数日経っても、学院長からの呼び出しはなかった。
それとなくイルミスに尋ねてみると、まだ学院に戻っていないという。
アルマークは気持ちを切り替え、新たな魔法の習得に専念した。
そんなある日の朝。
アルマークがいつものように教室に入ると、
「嘘じゃないよ! ほんとだってば!」
というモーゲンの大きな声が聞こえてきた。
見ると、モーゲンがネルソンやレイドーたちいつものメンバーを相手に何やら話している最中だ。
「おはよう」
アルマークは挨拶しながら彼らに近付く。
「何の話をしてるんだい」
「あ、アルマーク。ちょうどよかった」
モーゲンがアルマークの顔を見て嬉しそうな声を上げる。
「アルマークなら信じてくれるよね。みんなが嘘だって言うんだ」
「いやー、モーゲン。さすがにその話は厳しいぜ」
ネルソンが苦笑いしながら言う。
「なんだい。一体何の話だい」
アルマークが言いながら席に座ると、モーゲンの声を聞き付けたウェンディやリルティも近付いてくる。
「なになに? モーゲン、何の話?」
「もう、ウェンディたちはアルマークが来たとたん興味を示すんだから」
モーゲンはそう言って膨れてみせた後で、気を取り直したように話し始める。
「じゃあもう一度話すね。図書館の話だよ。アルマーク、君も図書館にはよく通ってるよね」
「ああ。本を借りにね」
アルマークは頷く。
図書館は、アルマークたちが学ぶ校舎の近くに別棟として建てられている。
夏期休暇の間、アルマークは毎日のようにここに通い様々な本を貪るように読んだ。
「あの図書館に特別書庫があるのは知っているかい」
モーゲンの言葉に、首を振る。
「特別書庫。知らないな。そんなものがあるのかい」
「普通、みんなが入って本を借りているのは一般書庫なの」
ウェンディが横から解説を入れてくれる。
「一般書庫の奥に特別書庫に行ける扉があるのよ」
「へえ」
アルマークが頷くのを見て、モーゲンが話を再開する。
「特別書庫に入るには、司書のタミンさんから許可を得て鍵を借りないといけない」
「ああ、タミンさんね」
アルマークは、いつも図書館の受付に座っている女性のことを思い出す。
「特別書庫ってどんな本があるんだい」
「いい質問だね、アルマーク」
モーゲンはアルマークをびしりと指差した。
「特別書庫にある本は全て、魔力を帯びた本だと言われているんだ」
「魔力を?」
「そう」
モーゲンは頷く。
「本それ自体が魔力を帯びていて、僕たち初等部の学生がうかつに触れたりしたらとんでもないことになる、そういう危険な本が特別書庫に納められてるんだ」
「へえ」
「だから僕たち学生は特別書庫には入れない。入りたくてもタミンさんが許してくれない」
モーゲンの言葉にネルソンが、まあそもそも入れるかどうかタミンさんに聞いてみたこともねえけどな、と呟く。
「一般書庫の本だけでもすごい数だからね」
レイドーが言う。
「初等部でもこれなんだから、中等部や高等部の図書館はどれだけすごいんだろうね」
「そうか。中等部や高等部は図書館も別にあるんだよね」
アルマークの言葉に、ウェンディが、そうだよ、校舎も寮もみんな別、と答え、話題がずれそうになったのを察知したモーゲンが、気を取り直すように、ごほん、と咳払いする。
「まあとにかく、特別書庫は僕たちには手の届かない場所なんだ。そんなところに隠されてる本って一体どんな本なんだろう! 見てみたい! 読んでみたい! アルマーク、君も胸が踊るだろう」
「読んでみたいって、モーゲン、君は本なんか全然読まないじゃないか」
「読むよ! たまには読む!」
アルマークの言葉を被せぎみに打ち消して、モーゲンは再び熱弁を振るう。
「魔力を帯びた、触れてはいけない禁忌の書物。恐ろしいよね。間違って読んでしまったら大変だ。怖い! 見たくない! そんな本は僕らの手の届くところにあってはいけないんだ」
「読みてえのか読みたくねえのかどっちなんだよ」
ネルソンが呆れたように言うが、モーゲンは全く意に介さない。
一旦言葉を切り、もったいぶるように声を潜める。
「ところがね、そんな魔力を秘めた恐ろしい本の一冊が、どうやら一般書庫にも紛れ込んでいるらしいんだ」
「へえ」
とアルマークが身を乗り出す横で、ネルソンとレイドーがくすくすと笑う。
「あんまり真面目に聞くなよ、アルマーク」
「いや、真面目に聞くべきだ!」
モーゲンは怯むことなく話を続ける。
「その本は、一般書庫の隅っこの誰も来ないような本棚にひっそりと置かれている。見た目は普通の本と何も変わらない。見分ける方法はただ一つ」
モーゲンはさらに声を潜める。
「太陽が沈む最後の一瞬。太陽が沈み終えて図書館の中に魔法のランプの灯が灯る前の、ほんの一瞬。図書館はその一瞬だけ真っ暗になる。その時に」
モーゲンは人差し指を立てる。
「一冊だけぼんやりと淡い光を放っている本がある。それが、魔法の本さ」
アルマークは、図書館の真っ暗な書庫の片隅で、淡い光を放つ本の姿を想像した。
なるほど、それは確かに魔法の本のイメージに似つかわしい。
「その本には、何が書かれているの?」
ウェンディの質問に、モーゲンは首を振る。
「それは僕にも分からない。ただ、その本を読んでしまったら、その人は魂を抜かれてしまうと言われている」
リルティがその瞬間、両耳をふさいで離れていく。
ネルソンがげらげらと笑いながらモーゲンの肩を叩く。
「言われている、じゃねえよ。そんな本が普通の本棚に置いてあったら、魂の抜けた奴が毎年出ちまうじゃねえか」
「それは、だから誰にも気付かれないようなところに置いてあるんだろ」
「誰も気付かないのに、なんでそんな噂になるんだよ」
「その本が光るところ、モーゲンが見たのかい?」
モーゲンとネルソンのやり取りにアルマークが口を挟むと、モーゲンは首を振って、まさか、と即答する。
「どうして僕がそんな怖いものを自分で見なきゃいけないのさ」
「じゃあ誰が見たんだよ」
ネルソンが混ぜっ返す。
「知らないよ。僕だって1組のやつに聞いたんだから」
「お前、前も1組のやつに聞いたって言ってたぞ」
ネルソンは呆れた声を出すが、モーゲンも譲らない。
「確かな情報源だよ」
「どこがだ」
ネルソンは首を振って、
「どうせそれもまた、前みたいにノリシュのいたずらじゃねえのか?」
と言いながらノリシュの方を見る。
キュリメやセラハと話していたノリシュがその視線に気付いてネルソンを睨み返す。
「何よ」
「何でもねえよ」
「こっち見たでしょ」
「見てねえよ」
「僕は昼休みに図書館に行くつもりだったけど」
アルマークはノリシュと言い合いを始めたネルソンに構わず、モーゲンに言う。
「明るいうちは分からないんだね」
「そうだね。夕方の暗くなる最後の一瞬だけだって」
「それじゃ僕はイルミス先生の補習があるから無理だな」
「私も暗くなってからは図書館には行かないなぁ」
ウェンディも首を振り、モーゲンが残念そうに口をつぐんだところで、この話は終わりになった。
昼休み。
図書館の前でアルマークは見知った顔に声をかけられた。
「やあ。君も図書館に用事かい」
「やあ、アイン」
返事をして、アルマークは頷く。
「ああ、そうだよ。君もかい」
「まあね」
聡明な1組のクラス委員は、そう言ってアルマークの顔を見て笑う。
「一緒に行こう。君がどんな本を読むのか興味がある」
「別にたいした本は読まないよ」
アルマークは苦笑いして首を振り、アインと並んで図書館に入っていく。




