石刻み
学生がみな杖を持って戻ると、ウェンディの予想通り、教師は
「石刻みをするので石を用意しなさい」
と指示を出す。
学生たちはまた別の木箱から手のひら大の平べったい石を取って戻る。
石刻みの術は、アルマークも中原の大道芸で見たことがあった。
どう見ても非力な老人が、木の杖で、硬い石の表面を、こつん、こつん、と何度か叩くと、その石がぱかっと真っ二つに割れてしまうのだ。初めて見たときはそれが魔法だと気付かず、手品の類いかと思い込んでいた。
「よし、はじめ」
教師の指示のもと、学生たちが石を杖で叩き始める。
灯の魔法の時と違い、こちらでは学生たちの能力の差が如実に出た。
最初に、ぱん、と乾いた音を立てて石を割ったのはウェンディ。
続いてトルク。ほぼ同時にレイラ。
その後、ほかの学生たちも順調に割っていくが、中には石の表面が剥がれるばかりでなかなか割ることができない者もいる。モーゲンやノリシュも苦戦しているようだ。
半分以上が石を割り、残った者を待つ間、さらに石を割ることに挑戦する者もいれば、何もせずにおしゃべりを始める者もいる。
その中で、アルマークは様子のおかしい一人の生徒に気がついた。
その学生はまだ割ることができないようで、杖を手に石と向かい合っているのだが、杖の使い方がおかしい。
ほかの学生のように石を叩くのではなく、表面をゆっくりとなぞっている。
何をしているんだろう。
アルマークが目を凝らすと、石の表面に複雑な幾何学模様が浮き上がっているのが見えた。
石に模様を彫っているんだ……!
石を割る魔力をごくごく微量に調整し、それを一定の力で継続して出し続ける。
割るだけでも大変な作業なのに、その魔力を自在に操って複雑な模様を石に彫っているのだ。
彼は割ることができないのではなく、自主的にもっとはるか高度な技に挑戦しているのだ。
「精が出るな、ウォリス」
通りすがりに教師が声をかけると、その学生は顔をあげて口元に笑みを浮かべた。
金色の長髪に、はっとするほどの整った顔立ち。
さっきモーゲンの言っていた、クラス委員のウォリスとは彼のことのようだった。
「おい、新入り」
突然声をかけられ、横を向くといつの間にかトルクが立っていた。
「せっかく杖と石を持ってきてるのに、どうしてやらねえんだ」
トルクは薄く笑っていた。
「いや、やり方が」
と言いかけると
「俺が教えてやるよ」
と言葉を被せられた。
アルマークはトルクの目を見た。
トルクは挑発的な笑いを口元にへばりつけたまま、アルマークを傲岸に見返した。
アルマークが頷くと、トルクは「よし」と言って話し始めた。
「目を閉じて深く息を吸い込め。体の中にある自分の魔力を感じろ。魔力を杖の先端に集めるイメージを強く持て。そして息を鋭く吐き出しながら、石の裏側に魔力が突き抜けるイメージをしつつ、杖を……」
言いながらトルクは、アルマークの前に置かれた石を杖の先端で強く突いた。
もとより割る気などなく、魔力も込めず力任せに突いたのだろう。杖は石の表面で、がきっと鈍い音をたてた。
「わかったか? 簡単だろ? やってみろよ」
アルマークは頷いた。
これはいい機会だ。教える人間に難ありだが、嘘は言っていまい。見ているだけでは退屈だった。やってみよう。
アルマークは言われた通りに目を閉じて深く息を吸い込んだ。
自分の中にある魔力……それがどんなものなのか分からないので、感じようがない。しかし、何か体の中をゆっくりと流れるもう一つの血液のようなものをイメージした。それが徐々に杖を持つ両手から杖の先端へと集まっていくイメージ。
よし、いまだ。
アルマークは鋭く息を吐きながら、杖で石を軽く突いた。
こん、と乾いた音がした。
アルマークが目を開けると、石は全くの無傷でそこにあり、薄片一つ欠けてはいなかった。
黙ってそれを見ていたトルクは、こらえきれなくなったように笑いだした。
「くくく、だ、だめだこりゃあ。初めてだからって欠片一つ割れねぇやつなんて初めて見たよ。お前、才能ないよ」
トルクは笑いながらアルマークの肩を乱暴に叩くと、その耳元で
「せっかく来たはいいけど、中等部に進級できずに一年でおさらばかもな」
と囁き、自分のもといた場所へと戻っていった。
……いけそうな気がしたが、まあ最初はこんなもんだな。
アルマークは首を捻りながら思った。
トルクの下卑た挑発は全く気にならなかった。北での戦の挑発に比べればお上品過ぎるほどだ。むしろ、やり方を教えてもらい、ありがたいくらいだった。お礼を言ってもよかったが、本人が望んでいなそうだったので、やめておいた。
最後に残ったノリシュが汗だくになりながら石を割ったところで、授業は終わった。
引き上げながらアルマークがウェンディに
「みんなすごいね。こんなに繊細な魔法を間近で見たのは初めてだよ」
と話しかけると、ウェンディは嬉しそうに
「そう? でもアルマーク君もすぐに出来るようになるよ。イルミス先生に放課後呼ばれてるんでしょ? もし必要なら私も手伝うからいつでも言ってね」
と答えてくれた。
「僕も! 僕も手伝うよ!」
後ろから追い付いてきていたモーゲンも声をかけてくれる。
「二人ともありがとう。僕も早くみんなに追い付けるよう頑張るよ」
アルマークは二人に感謝を込めて笑顔で答えた。
学生たちが出ていき、誰もいなくなった魔術実践場に、突然、ぴしっ、と乾いた音が響いた。
先ほどアルマークが最後に突いた石だった。
木箱のなかに戻されていたその石は、アルマークが杖で突いた場所を中心にみるみるうちにひび割れ、真っ二つになって転がった。




