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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第七章

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アルマーク

 

「アルマークだ」


 その声が静まり返った武術場に響き渡った。

 気圧されたように、観客席からは何の反応もない。

 アルマークは胸に当てていた拳と剣をゆっくりと下ろす。

 やがて、貴賓席から、穏やかな拍手が聞こえてきた。

 拍手の主は、貴賓席の最上段。

 ウォルフ王太子だった。

 その音を聞いてようやくやるべきことを思い出したかのように、観客たちから拍手が起こる。

 それはすぐに大きな波のような拍手となった。


「なんだよ、あのかっこいい名乗り。アルマーク、俺たちに隠れてあんなのずっと練習してたのかな」

 ネルソンがそう言いながらモーゲンを振り返り、ぎょっとする。

「モーゲン、お前なんで泣いてるんだよ」

「……わからない」

 モーゲンは首を振って涙を拭った。

「分からないけど、アルマークを見てたら涙が出てきたんだ」

「しっかりしろ」

 ネルソンはモーゲンの肩を叩く。

「試合はこれからだぞ」

「うん」

 モーゲンは赤い目で頷いた。


「ガライの流儀ではない」

 ポロイスが呟くように言った。

「君もどこかの国の貴族なのか」

 アルマークは無言で首を振った。

 名乗るべき名を持つのは、別に貴族だけではない。

「剣を合わせて」

 ボーエンが二人に告げる。

 アルマークは頷いて、剣を持ち上げる。

 ポロイスも気を取り直したように剣を持ち上げ、アルマークの剣先に自分の剣先を合わせる。

「はじめ!」

 ボーエンの声が響いた。


 開始の合図とともに、ポロイスが間合いをとる。

 アルマークは剣先をぴたりとポロイスに向け、動かない。

 ポロイスはじわり、と前に出た。

 身体が大きいポロイスの方が、リーチも明らかにアルマークより長い。

 ポロイスの最初の突きがアルマークを襲った。

 アルマークがそれを剣で弾く。

 ポロイスはさらにもう一突き。

 アルマークはそれもきれいに受け流した。


「あれ?」

 ネルソンがその姿に声をあげる。

「あいつ、やっぱり調子悪いのかな」

「どうして?」

 レイドーが尋ねる。

「いや、うまく言えねえけど、普段はもっとこう……」


「ふん」

 トルクもアルマークの姿に鼻を鳴らす。

 あいつが緊張してるなんて端から信じちゃいなかったが。

「何かあったな。肝心の本番でなんて動きだ」

 その横で、ウェンディは祈るような瞳をアルマークに向けていた。


 ポロイスは二度の突きを防がれたことで、アルマークの概ねの実力が推し量れたと感じていた。

 なるほど、確かにトルクが言うだけあって弱くはない。

 だが、速さも力強さもさして感じない。

 攻撃を続ければすぐに穴を見付けることが出来るだろう。

 そう判断して、ポロイスは再びアルマークとの間合いを詰める。

 アルマークは上半身をやや折るようにしてそれを待ち受ける。

 ポロイスの突きをアルマークが受けると、間髪入れずに次の突きが。

 アルマークは身をよじるようにしてかわすが、胴を掠めて鋭い音を立てる。

 観客席から、おお、という声が漏れる。

「速いな」

 ネルソンが呟く。

「トルクと比べても遜色ないんじゃねえか」

「力も強いね」

 レイドーが頷く。

「アルマークが攻撃を胴にかすらせるなんて、初めて見たよ」

 その横でモーゲンはずずっと鼻をすすりあげる。

「やばい、防戦一方だ」

 ポロイスの攻撃が続くのを見て、ネルソンが頭を抱える。

「泣いてる場合じゃねえ。応援するぞ、モーゲン!」

「う、うん」

 ネルソンたちは「アルマーク、頑張れー!」と大声をあげる。


「何やってやがる」

 トルクもアルマークの不甲斐ない戦いぶりに呆れた顔を見せる。

「相手を甘く見たのか」

「甘く見たわけじゃないよ」

 ウェンディが首を振る。

「相手も強いけど、それ以上にアルマークの様子が……」

 ウェンディの眼前で、アルマークはポロイスの猛攻に晒されていた。

 大波に翻弄される小舟のようにふらふらとしたアルマークの動き。

 いつポロイスの攻撃に飲み込まれてもおかしくないように見える。

 観客席の女子たちの応援の声も悲鳴に近い。

 普段通りのアルマークなら、何の心配もなく見ていられるのに。

 ウェンディは顔を背けてしまいたい衝動と必死に戦った。

「アルマーク、頑張って!」

 その気持ちを振りきるように声を出す。

 アルマークに自分の声が届くように願いながら。


「あの転入生のアルマークってやつ」

 観客席で試合を見守っていたフィッケが隣のアインに言う。

「強いって話だったけど。そこまででもないな」

 しかし、アインは首を振った。

「気が付いてないのか、フィッケ。トルクとの試合でもそうだったけど、君はもう少し観察眼を磨くべきだな」

 アインは試合場を見ながら、薄く笑っていた。

「僕は彼と試合しなくて良かったと心底思うね」


「アルマーク、頑張れー!」

「ちょっとうるさいわよ」

 叫び続けるネルソンたちの後ろから、冷静な声がした。

 レイラだ。

「あなたたちも魔術師の端くれなら、よく見なさい」

「え?」

 ネルソンは必死にポロイスの攻撃を防いでいるアルマークの姿を見た。

「まごうことなきピンチじゃねえか」

 レイラはため息をついて首を振る。

「よく見なさい」


「よく見ろ」

 アインはアルマークの姿を指差してフィッケに言う。

「試合が始まってから、アルマークは」


「アルマークは一歩も動いていない」

 レイラの指摘に、ネルソンは目を見張る。

「なんだって」

 言われてみれば確かに、はじめ、と合図がかかったときにいたその場所から、アルマークの両足はぴくりとも動いていない。

 時折ポロイスの動きに合わせて身体の向きを変えるものの、その両足は地面に根が生えたかのように動かない。

「嘘だろ」

 ネルソンは自分の目を疑った。

「全部、上半身だけで捌いてるのか、あの攻撃を」


「それだけじゃない」

 アインはフィッケの言葉に首を振る。

「ポロイスが自分の背後に回ったりしないように、コントロールしているんだ」

「コントロール」

 フィッケは信じられないものを見るように首を振る。

「あのポロイスの動きを?」

「そうだ」

 アインはもう笑ってはいなかった。

「あの場から一歩も動かずに」


 観客席の中にも、遅ればせながらもその事実に気付いた者が出始め、歓声は徐々にざわめきに取って代わりつつあった。

 そして、その事実にポロイスもようやく気付きつつあった。

 強くはない、と思った。その感覚に間違いはないはずだった。

 現に、ポロイスが一方的に攻め続けている。アルマークは防戦一方だ。

 だが、打ち破れない。

 突いても、突いても、あと少しという感覚はあるのに、最後の一線が踏み越えられない。

 アルマークがポロイスの顔を見る。

 真っ直ぐにポロイスの目を見ているだけなのに、まるで全身の全ての動きを見られているような気になる。

 自分の動きが全て見透かされてしまっているような。

 なんだ、こいつは。

 ポロイスは思った。

 一体、こいつは何なんだ。


「これは」

 トルクが絶句する。

「よかった」

 ウェンディが呟く。

「あ?」

 聞き咎めたトルクが振り返ると、ウェンディは安心したように微笑んでいた。

「アルマーク、楽しそう」


 アルマークは剣を振るい、ポロイスの攻撃を防ぎながら、不思議な高揚感に浸っていた。

 足は、まだまともに動かない。

 イルミス先生からもらったセリア先生の薬でだいぶ回復はしたものの、まだ戦える速度では動けないだろう。

 だから、力をためていた。

 足を動かすのは、試合を終えるときだけと決めていた。

 それまで、僕も少しこの勝負を楽しもう。

 大観衆が見守る中、相手の剣を捌き続ける。

 集中して、相手の剣を打ち払う強さ、角度。その時相手に与える目線。そういったもので相手の動きをコントロールする。

 ポロイスはなかなかいい剣さばきをしている。

 剣と剣のぶつかり合う音。それがどうしようもなくアルマークを高揚させる。

 そして、その高揚感の裏に罪悪感があることにもアルマークは気付いていた。

 僕は、剣が好きだ。

 実際の戦場ではなくても。

 実際の命のやり取りではなくても。

 身体が思うように動かなくても。

 こうしてみんなの期待を背負って剣を振るっているだけで、自分はそのために生まれた、と思うほどの高揚感に包まれてしまう。

 一振りごとに、北の思い出が甦る。

 北の生活は厳しかった。

 でも、そこに自分がいた。

 そこが僕の故郷だった。

 アルマークは、もう何度目かわからないポロイスの突きを打ち払った。

 ポロイスの顔が、疲労と屈辱で醜く歪んでいた。

 その表情を見て、アルマークはもう試合が始まってだいぶ経つことに気付いた。

 付き合わせて悪かったね。

 アルマークは心の中でポロイスに謝る。

 君のプライドは傷ついたかもしれない。

 でも、おかげでとても楽しかった。

 ポロイスが気合いの雄叫びをあげた。

 突きに体重が乗っている。自分の身体ごとぶつかってアルマークを吹き飛ばすつもりだろう。

 そんな戦法に出なければならないほど、ポロイスは追い詰められていた。

 潮時か。

 瞬時に決断する。

 ポロイスの踏み込みに合わせて、アルマークも大きく一歩踏み出した。

 この試合で初めて見せる、足さばき。

 ああ、なんてざまだ。

 アルマークは心の中で笑う。

 亀みたいに遅い一歩だ。

 本当は、夏に戦った“銀髑髏”ギザルテのような凄い速さの踏み込みをするつもりだったのに。

 だが、アルマークの十分すぎるほどに速い踏み込みは、完全にポロイスの機先を制していた。

 父さん、僕は。

 アルマークは、ポロイスの胴めがけて、この日最初の突きを放った。

 鈍い音。

 観客がこの日聞いた中で、最も鈍い音だった。

 その音とともに、ポロイスの体が宙に舞った。


 父さん、僕は。


 アルマークは思った。


 やっぱり僕は、傭兵になりたかったよ。






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― 新着の感想 ―
アルマーク、お前は傭兵ではないかもしれないけど、立派な戦士だよ。親の心子知らずだし、子の心親知らずだね。行く先は分からないけれど、きっと父の判断は限りなく正しいものを含んでると思う。
手負いの獣がじりじりと力を貯めながら…そして放つ乾坤一擲の一撃。 窮地を楽しめ、この掛け替えのない時の、戦いを楽しめ。 そして戦いを制したアルマークはこの瞬間傭兵でなくとも一流の戦士だったと思う
[良い点] 類いまれな才能があるのに夢が叶わないのか 儚いなあ
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