疑念
イルミスの光る手がかざされたところから、アルマークの傷が塞がっていく。
ややあって、イルミスが手を下ろし、アルマークに声をかけた。
「傷はふさがった」
「ありがとうございます」
だが、とイルミスは言う。
「失った血と魔力はすぐには戻らない。あとは君自身の回復力次第だな」
「……はい」
それから、イルミスは倒れているウォリスを助け起こした。
「こちらは……そうか」
イルミスは、少し顔をしかめる。
ややあって、まるでアルマークに聞かせるように言った。
「……気を失っているだけだ」
「そうですか。よかった」
言いながらアルマークは、どうにか上体を起こした。
「でも、先生はどうしてここが分かったんですか」
ああ、とイルミスは答える。
「警戒中に強い闇の魔力を感じたのでな。まさか相手をしているのが君だとは思わなかったが」
闇の魔力。
そういえば、とアルマークは思う。
アルマークが対峙した銅貨と銀貨の魔術師たちは一様に、目立つ強力な魔法を使うことをためらっていた。
それは、イルミス先生をはじめとする学院の教師たちに気付かれるのを恐れてのことだったのか。
そして、イルミス先生の気付いた闇の魔力の源は、慎重な魔法に終始していた彼らではなく、おそらく。
アルマークは、気を失ったままのウォリスに目をやった。
さっきはまるで別人のような喋り方だった。
だが、逆にアルマークには大きな違和感はなかった。
最初に出会ったときに感じた、相当高位の貴族ではないか、という印象。
彼の先ほどの喋り方は、むしろそれと矛盾しなかった。
「先生、そういえば」
アルマークは、ふと思い出して、右手に握ったままだった棒をイルミスに差し出す。
「あいつらはこれを狙っていたみたいなんです」
「あいつら」
イルミスはまずその言葉の方に反応した。
「他にも仲間がいたのか」
「はい。あと二人。正体はこいつと違って銅貨でした」
「そいつらは、どうした」
「殴り倒しました」
アルマークは答えた。
「この棒で」
イルミスはぎょっとしたように、棒とアルマークの顔を見比べてから、ぷっと吹き出した。
「そうか。君らしいな」
「一体、これは何なんですか」
アルマークの質問に、イルミスは棒を見つめ、それから小さく首を振った。
「ただの棒ではないことは確かだ」
だが、と続ける。
「私の口からいい加減なことも言えない。こんなことが起きた以上は、学院長から説明があるだろう」
「学院長から」
なぜ学院長の名が突然出てくるのか、アルマークには分からなかった。
これは、ただ単に、マイアの仕事を手伝って、要らないからともらった棒なのだ。
そんな重要なものを、なぜ自分に、ということもあるし、そもそもそんな適当な渡し方をするのか、ということもある。
マイアは何か勘違いして、とんでもない物を自分に押し付けてしまったのではないか。
だが、イルミスが答えられないと言う以上は、今は仕方がない。
「……そうですか」
アルマークは棒を改めてじっくりと見る。
「凄い魔法の杖、なんでしょうか」
少しの期待を込めて、そう聞いてみる。
「そう見えるかね」
「いえ、あまりそれらしくは」
「ならば違うのかもしれないね」
「違うんですか」
「さて」
どうだろうね、と言ってイルミスはアルマークから離れ、地面に落ちていた銀貨を拾い上げる。
表面には、やはり銅貨と同じような複雑な紋様が描かれている。
「こんなものが、どうやって学院の中に……」
イルミスは、今日の厳重な警備体制を知っている。
銀貨の表面からは、ぴりぴりとひりつくような魔力が伝わってくる。
こんな強力な魔力を帯びた物品が、教師たちも参加していた今日の正門の警備をくぐり抜けることなど出来るわけがないのだ。
それも、3枚もだ。
可能性があるとすれば……。
「銅貨2枚は、寮の下に落ちてます」
「分かった。後で回収しておこう」
アルマークの言葉に、イルミスは頷いた。
すでに変化の効力は失われているが、そのままで放置することはできない。
「アルマーク、君はもう今日は歩くこともままならないだろう。今、人を呼ぶから寮でこのまま……何をしている」
イルミスは振り返り、アルマークが立ち上がって屈伸をしているのを見て、目を見開いた。
「はい、屈伸を」
「そうではなくて」
イルミスは、アルマークの血の気のない顔を見た。
「君はさっき大量に出血していたし、魔力もほぼ空になっているだろう」
「はい、そうなんです。今でも目の前がちかちかしています」
アルマークは言った。
「魔力は……昔、先生の前で失敗して空っぽにしてしまった時と似た感じですね」
「だから、そうだろうと言っている」
イルミスは、理解しかねて首を振った。
「そんな身体で、君は一体何をしているんだ」
「何を……って、さっき先生もおっしゃってたじゃないですか」
アルマークは、イルミスを真っ直ぐ見て、答えた。
「今日は、武術大会ですよ。僕の試合はこれからなんです」




