圧力
「おお、痛い」
低い声で言いながら、目の前の男がゆっくりと立ち上がった。
「子供相手に無様よの」
寸分違わぬ声で、後ろの男が言う。
「いきなり後ろからぞ。お主も食ろうてみればいい」
目の前の男は言いながら、ゆっくりと杖を持ち上げた。
「さて、どうしてくれようか」
アルマークは身体を動かそうとしたが、やはり指一本ですら動かない。かろうじて目だけがわずかに動かせた。
「そもそもこの小僧はなんだ」
後ろの男が言う。
「知らん」
目の前の男が首を振る。
「突然飛び込んできおった」
腐臭。
腐臭。
腐臭。
二人の男が口を開くたびに腐臭が漂う。
いささか間の抜けたやり取りのあと、目の前の男が、結論を下す。
「くびり殺すか」
「それがよかろう」
後ろの男もあっさりと頷く。
「どうせ派手な魔法を使うわけにはいかんのだから。静かにくびり殺せばよい」
「わしがやるぞ」
目の前の男が杖を突き出す。
「やられたのはわしじゃからな」
「好きにせい」
後ろの男が、アルマークの横をすり抜けて部屋の中央へと出る。
「我々にはやらねばならんことがあるのだ、早く済ませい」
「言われんでも」
ふん、と鼻を鳴らして最初の男が杖をアルマークに向ける。
ずしん、という衝撃。
動くことのできないアルマークの身体に、強烈な圧力がのしかかってきた。
それも、全方向からだ。
まるで紙屑を握りつぶすように、アルマークの身体全体に圧力がかかってくる。
絶叫をあげるほどの激痛が襲うが、アルマークは声さえも上げることができない。
身体がめきめきと軋む。
「邪魔をしおって。憎い小僧じゃ」
杖をかざしてそう言いながら、男が笑う。
「いい気味じゃ。潰れてしまえ」
意識が飛びそうになる凄まじい激痛の中で、アルマークは必死に身体を動かそうともがいた。
動け。
動け。
動け動け動け。
しかし、身体はやはりピクリとも動かない。
逆に、かかる圧力がますます強くなるばかりだ。
こんなところで。
アルマークの鼻から、耳から、目から、血が流れ出す。
こんなところで、こんな得体の知れない奴にやられるのか。
こんなところで、終わるのか。
「ほ。意外にしぶとい。頑丈な身体じゃ」
男が笑う。
終わるわけにはいかない。
アルマークは強く念じた。
動け。
動け。
動け動け動け。
父さん。
母さん。
ウェンディ。
アルマークは親しい人たちの名を呼ぶ。
僕は終わるわけにはいかないんだ。
こんなところで僕は。
だが、必死の抵抗もむなしく、意識は徐々に遠ざかっていく。
動かない。
どんなに念じても、身体はピクリとも動かない。
畏れるな。
不意にアルマークの脳裏をイルミスの声がよぎる。
「君はもう、あの日の君ではない」
それは天啓だった。
そうだ。
アルマークは気付く。
魔術師。
僕は、魔術師だ。
身体が動かないなら、練ればいい。
たとえ身体が動かなくても、心は自由だ。
身体の自由を奪っても、僕の瞑想を妨げることはできない。
練ればいいんだ。
アルマークは薄れゆく意識をギリギリで繋ぎ止めた。
集中しろ。
魔力を練れ。
丁寧には練れない。そんな余裕はない。
だが、必死にうねりを作る。
流れろ。
流れろ、僕の魔力。
うねれ。
うねりが強くなると、まるで魔力が意思を持つかのようにアルマークの心を衝き動かす。
この程度の魔法で。
魔力が叫ぶ。
この程度の魔法で我らの宿主を潰そうというのか。
うねった魔力が全身から溢れ出す。
この程度の魔力で我らの宿主の自由を奪おうというのか。
アルマークの全身を縛り付けていた男の魔力を、アルマークの魔力が内側から押し返していく。
「なんじゃ、これは」
男が狼狽した。
「この小僧の魔力か。わしの魔力を押し返しておるのは」
アルマークは、ゆっくりと自分の右腕を曲げた。
動く。
「動きおった」
男が叫ぶ。
「なんじゃ、この小僧は。これは一体何の冗談じゃ」
アルマークは歯を食いしばって、男に向かって一歩踏み出す。
「こいつ門でもあるまいに。この魔力は何じゃ」
「何をしておる」
もう一人の男が、アルマークに向かって杖をかざした。
二人目の魔法がアルマークの身体を襲う。
今度は全方向ではなく、上から下への強い圧力。
いきなりの力の方向の変化に、たまらずアルマークは背を丸めてうずくまった。
床に押し付けられるような強烈な圧力に、息も出来なくなる。
だが、その拍子に、立てかけてあった木の棒が倒れ、アルマークの足元に転がってきた。
「ぬ」
男が声をあげる。
「小僧の足元に」
喋ったのがどちらの男かはもう分からない。
アルマークは棒を見た。
普通ではありえない幸運。
だが、アルマークはそれを何度も経験してきた。
アルマークは、目だけを自分の相棒である長剣に向けた。
あの鞘の中。
きっと、光っている。
母さんのペンダントが。
アルマークは、身体中の魔力を総動員する。
のしかかる、男たち二人分の魔力。
かまわない。
アルマークの全身の魔力が叫んでいる。
この程度の魔力など、ものの数ではないと。
「があっ」
アルマークは叫んだ。
男たちの魔力をはねのけ、棒を掴む。
「小僧、掴みおったな」
男が叫ぶ。
「だが、それを掴んで何とする」
「それが何かも分からぬ小僧が」
「そんなものを掴んでどうする気じゃ」
二人の言葉に嘲りの響きがある。
もうどちらが喋っているのか分からない。
単純な圧力ではアルマークを仕留めきれないと見て、男たちは次の魔法を準備しようとしていた。
「やむを得ん。焼き尽くすか」
「やむを得ん。切り刻むか」
……これを掴んでどうするかだって?
アルマークはうずくまったまま、棒を掴んだ右手に力を込める。
知らないのか。
僕たち北の傭兵の息子が、物心ついた時から。
いや、物心つく前から。
棒を持ったらどうするのか。
僕たちが何をして育ってきたのか。
やることは、ただ一つだけだ。
アルマークはもう一度吼えた。
知りたければ教えてやる。
全身の魔力が弾け、身体が一瞬完全な自由を取り戻す。
アルマークは目の前の男に向かって跳んだ。
それが最初の男か、それとも後から来た方か、そんなことはどうでもよかった。
棒を水平に振るう。
その凄まじい速さの一撃が、男の首をへし折った。
「貴様、なんと野蛮な真似を」
もう一人の男が叫んで杖をかざす。
アルマークを再び圧力が襲う。
アルマークは全身からあらん限りの魔力を発散して、男の魔力を跳ね返し、もう一度跳躍する。
「それが何か知って」
言いかける男の脳天へと、まっすぐに棒を振り下ろした。
鈍い感触。
男が音もなく崩れ落ちる。
覚えておけ。
アルマークは思った。
棒を持ったら、こうするんだ。




