控え室
アルマークとウェンディが来るのを待ち構えていたネルソンが、二人に笑顔を見せる。
「今日はやってやろうぜ。な、アルマーク」
「ああ。やってやろう」
アルマークはネルソンの差し出した右手に自分の右手を合わせて音を立てる。
「モーゲン、緊張はどうだい」
「う、うん。まあまあかな」
そう答えるモーゲンの顔色は、やはりあまり良くない。
「ウェンディ」
アルマークはウェンディを振り返る。
ウェンディが頷いて、笑顔でモーゲンに声をかける。
「あのね、モーゲン。今日を特別な一日だって思っちゃうから緊張するんだよ」
「え?」
モーゲンがきょとんとする。
ウェンディの説明を聞いても、モーゲンは分かったような分からないような顔だった。
「今日は、なんでもないただの一日……なるほど」
「えっと」
ウェンディが少し困った顔をするが、モーゲンは意外にも力強く頷いた。
「大丈夫。ウェンディの気持ちは伝わったから」
「さあ、もう中に入ろうぜ」
ネルソンに促され、アルマークたちは武術場の控え室へ向かう。
3年2組用にあてがわれた控え室に、もう出場予定の学生はみんな揃っていた。
「あれ、私たちが最後?」
ウェンディが声を上げると、隅に座りこんでいたトルクが皮肉っぽく口角を上げた。
「お前ら二人ともずいぶんのんびりと、いつもどおりに来たもんだな。余裕だな」
「そういうわけじゃないけど……」
そう言いかけるウェンディに、レイラが声をかける。
「ウェンディ、ちょっと練習の相手をしてほしいの。いいかしら」
「あ、うん」
レイラは既に臨戦態勢の目をしている。
「やっぱり私の方にロズフィリアが出てくるらしいの」
「あ、やっぱり」
ウェンディもそう言って目を見張る。
学年二位の才女、3組のロズフィリア。
武術場からの練習の帰りにも、レイラはいつも彼女の動向を気にしていた。
「絶対に負けたくないの。ウェンディ、お願い」
「うん。大丈夫」
ウェンディもレイラの目を見て力強く頷く。
「すぐに防具着けるね」
女子二人がもう練習を始めようとしている。その姿を見て男子にも熱が入る。
「試合はトルクたちが先だよね」
アルマークの言葉に、デグが頷く。
「最初が1組対2組」
次が、1組対3組。アルマークたちの出る2組対3組はいちばん最後だ。
「そうか。じゃあ僕も手伝おう。トルク!」
アルマークは素早く防具を着けて、トルクに声をかける。
「身体をあっためるんだろ。僕が相手するよ」
「よし」
トルクが珍しく余計なことを言わずに立ち上がる。もう防具を着けている。
「緊張しているのか、トルク」
「バカ言え」
トルクが鼻を鳴らす。
「前に言ったろう。こんな大会は眼中にねえって」
言いながら、剣を構える。
「ただまあ、世の中には万が一ってこともある」
「えっ」
「なんだよ」
「いや、なんでもない」
アルマークは笑いを噛み殺しながら、剣を構えた。
二年前の晩秋。
アルマークを旅に送り出すときに、父レイズが口にした言葉。
『ただ世の中には万が一ってこともある』
父はそう言って、母さんのペンダントを渡してくれたっけ。
それと同じ言葉を偶然トルクが口にしたことがなんだか面白かった。
「そうだな、君は正しい。世の中には万が一ってことがある。準備は抜かりなくしないと」
「バカにしてんのか」
「してない、してない」
アルマークたちはそれぞれが組を作って身体を動かした。
自らの言葉どおり、トルクには余計な硬さは見られない。
ネルソンと毎日互角の勝負をしていたお陰で、トルク自身もかなり上達したのだろう。本人は絶対にネルソンのお陰とは認めないだろうが。
しばらくして、武術教官のボーエンが入ってきた。
控え室をぐるりと見回す。
「よし、2組は全員揃ってるな。もうすぐ来賓の方々がいらっしゃる。そうしたらすぐに開会式だ。試合場で整列して待つぞ」
「先生、王族の方って誰がいらっしゃるんですか」
ネルソンが尋ねる。
「王太子のウォルフ殿下だ」
「ウォルフ殿下!」
ウェンディが驚きの声を上げる。
「ウェンディ、知ってるの?」
「うん、それはまあね。王太子、つまりガライの将来の国王陛下だもの。実際にお目にかかったことはないけど」
「光の王子……か」
トルクが言った。
「光の王子?」
アルマークが聞きなれない言葉に反応する。
トルクは、そんなことも知らねえのか、と言って呆れた顔をしたが、すぐに思い直したように首を振る。
「まあお前は北の人間だから知らねえのも無理はねえか。王太子のウォルフ殿下にはな、生まれてすぐの頃から凄まじい魔法の才能を示されて、わずか3歳で光の魔法を使ったって逸話がある。それでついたあだ名が」
「光の王子、か」
トルクの言葉を引き継いでアルマークは頷いた。それにしても。
「3歳で魔法を? すさまじいな」
トルクは頷く。
「だから、この学院になんか来るまでもなく、宮廷魔術師長のオルフェン師に師事して既に多くの魔法を習得しているんだそうだ。確か、年は……」
トルクが確かめるようにウェンディを見る。
ウェンディはすぐに頷いた。
「うん。確か、私たちと同じ、11歳」
「へえ」
宮廷魔術師長、おそらくガライ王国でも最高の魔術師の一人だろう。そんな人に家庭教師のように魔法を教えてもらっているということだ。さすがは王族。
そんなすごい人が来るのか。しかも僕らと同い年。
「じゃあしっかりとした試合をお見せしないとな」
アルマークの言葉に、ネルソンが頷く。
「だな」
「さあ、無駄話はそこまでだ。みんな試合場に整列をしろ。もう一般客は入ってるから、だらだらと入場するんじゃないぞ」
ボーエンが手を叩いた。
アルマークたちは返事をして、控え室を出る。
いよいよだ。
アルマークは自分の胸が高鳴るのを感じた。
命の取り合いじゃない戦い。
誰も死ぬことのない真剣勝負。
楽しみだな。
試合場への通路を歩きながら、ウェンディがちらりとアルマークに笑顔を向ける。
うん。
その笑顔に小さく頷いて応えながら、アルマークは思った。
楽しもう。




