最後の日に
いよいよ、武術大会を翌日に控えた朝。
アルマークたちは最後の練習に集まった。
「今日の練習で最後だ。悔いの残らないようにやろう」
アルマークの言葉を合図に、それぞれが散らばって練習を始める。
「トルク、今日こそお前を倒す!」
熱くなっているネルソンにアルマークは、
「ネルソン、本番は明日だぞ」
と釘を刺す。
「分かってるよ。覚悟しろ、トルク!!」
「ほざけ、返り討ちだ」
笑って応じるトルクにも念のため釘を刺す。
「二人とも絶対に怪我するなよ」
それから、レイドー、ガレイン、デグ、ピルマンと順番に見て、最後のアドバイスをしていく。
そして最後に、黙々と一人で練習していたモーゲンに声をかける。
「モーゲン、仕上げといこう」
「分かった」
モーゲンが緊張した面持ちで頷く。
最後の練習時間は、瞬く間に過ぎていった。
「どうだ、おらぁ!」
汗だくになったトルクが勝利の雄叫びを上げる。
「ちっくしょう! ちっくしょう!」
ネルソンが地面を何度も叩く。
「これで俺の全勝だ、見たか!」
ネルソンに勝ってトルクがこんなに喜びを爆発させるのは初めてだ。それだけ追い詰められたということなのだろう。
アルマークは二人に声をかける。
「いい勝負だったよ。二人ともほとんど互角だ」
「互角じゃねえ。目玉ついてんのか。俺の方が上だ」
トルクが言い、ネルソンが
「ほら、アルマークも互角だってよ!」
と言い返す。
「ああ?」
「まあ、そこは二人で決めてもらうとして」
アルマークは興奮している二人を押し止める。
「トルク」
「あ?」
「疲れてるところ悪いけど、最後にお願いがあるんだ」
「なんだよ、めんどくせぇな」
トルクが顔をしかめる。
「モーゲン!」
アルマークは振り向いてモーゲンを呼ぶ。
青い顔をしたモーゲンが歩いてくる。
「最後に、モーゲンと試合してくれないか」
「モーゲンと?」
トルクが目を剥く。
「嘘だろ、お前」
トルクはモーゲンを見て首を振る。
「なんで俺がモーゲンなんかとやらなきゃいけねえんだ」
「なんかってことはないだろ」
「俺とやったって本番前に自信なくすだけだろうが。ピルマンとでもやらせておけ」
「それは、やってみなきゃ分からないだろう。ほら、モーゲン」
アルマークはモーゲンの背中を叩く。
モーゲンはぎこちなく頷く。
「ト、トルク。僕と試合してくれ」
モーゲンが真っ青な顔でどもりながらそう言うと、トルクは面食らったようにモーゲンとアルマークの顔を交互に見た。
それから、ちっ、と舌打ちして剣を拾う。
「明日、試合に出られなくなっても知らねえぞ」
「トルク、手加減無しで頼むよ」
アルマークがその背中に声をかけると、トルクが噛み殺しそうな表情でアルマークを振り返る。
「モーゲンが終わったら次はてめえだ」
それに構わず、アルマークはモーゲンの肩を叩く。
「モーゲン、練習通りにやればいい」
「う、うん」
モーゲンは硬い表情のままで頷く。
二人が剣を持って向かい合う。
他の五人も、思わぬ成り行きに、いつの間にか静まり返って二人を見守っている。
「おい、大丈夫かよアルマーク」
ネルソンがアルマークに近付いてきて囁く。
「トルクの奴、さっき俺とやったばかりでまだ興奮してるぞ。ほんとにモーゲンに怪我をさせちまうかも」
「大丈夫」
アルマークは自信たっぷりに頷いた。
「みんなに本当のモーゲンを見せるよ」
トルクが呆然とした顔で、モーゲンを見上げている。
トルクを倒したモーゲンも、信じられないという顔でトルクを見下ろしている。
当事者の二人だけではない。
誰もが時間が止まったかのように、信じられないものを見たという表情で固まっている。
毎日のようにトルクと戦って、とうとう一度も勝てなかったネルソンが、
「嘘だろ……」
と一言呟いたきり、呆然としている。
「ぼ、僕……」
勝ったモーゲンが、どうしていいか分からずおろおろと呟いたとき。
「よし。それでいいんだよ、モーゲン」
アルマークが手を叩いてモーゲンに笑いかけた。
「練習通りだ」
「……アルマーク、てめえ。こんな戦い方」
トルクが尻餅をついたまま、アルマークを見上げてそう言うが、毒気を抜かれたようにその言葉にもいつもの迫力がない。
「ありがとう、トルク。これで明日はモーゲンも戦える」
アルマークはそう言ってモーゲンの肩を叩いた。
「言っただろう、モーゲン。君が役立たずなんかじゃないって僕が証明してみせるって」
そう言われても、モーゲンはまだ青い顔のまま、どうしていいか分からないようだった。
こうして最後の練習を終え、みんなで剣や防具を片付けているときだった。
急に一陣の風が吹きつけた。
「ぷわっ」
その風をもろに受けたネルソンが目を閉じる。
「なんだよ、この風」
『えーと、これでいいのかな』
風の中から女の子の声が聞こえてくる。
「リルティの声だ」
モーゲンが声を上げる。
『いいよ、それで。リルティ、喋って』
今度は別の女の子の声。
「ノリシュの声だ」
ネルソンが言う。
「ノリシュの風便りの術だ」
アルマークが驚きの声を上げる。
「はっきりと聞こえる。すごいな、もう使いこなせるようになってたのか」
魔法の風が、2組の女子たちの声を運んできていた。
みんな、何事かと耳を澄ます。
『えーと……男子のみんな、今日まで練習お疲れ様。明日の大会も頑張ってね。応援してます。……こんな感じでいいのかな』
リルティの声がする。
『よかったよ、ありがとうリルティ。次はキュリメね。アルマークチームを応援して』
『なんだか恥ずかしいな。えっと、アルマーク、ネルソン、モーゲン、レイドー、みんな怪我しないでね。頑張って』
「キュリメの声だ」
ネルソンが自分の隣の席のおとなしい女の子の名前を挙げる。
『じゃあ、セラハはトルクチームの応援ね』
『うん、分かった。トルク、相手とケンカしないでね。ガレインとデグとピルマンも頑張って。絶対1組に勝ってね』
「セラハだ」
デグが嬉しそうに言う。
『みんなありがとう。以上、2組の補欠女子四人がお届けしました。みんな、頑張ってねー』
最後にノリシュの声が明るくそう告げて、声は途切れた。
突然、女子の応援を受けて、男子8人の間には、何とも言えない照れ臭い空気が漂う。
「……まあ、なんだ」
トルクが口を開く。
「俺たちは明日勝つぜ」
その言葉にガレインたちトルクチームの面々が頷く。
「別にあいつらのためってわけでもねえけどな」
トルクは照れ隠しなのか、そう付け足す。
「俺たちだって勝つよ。なあ、アルマーク」
ネルソンが言い、アルマークも頷く。
「うん、もちろんだ。嬉しかったな。あんなことをしてくれるとは思わなかった」
「そうだね。勝とう」
モーゲンも力強く頷く。
「トルクたちは女子のためには戦わないみたいだから、僕らは女子のために勝とうか」
レイドーがさらりと言い、アルマークが笑う。
「いいね。それでいこう」
「勝手にしろ」
トルクが渋い顔でそう言い、みんなが笑った。
みんなが去り、最後に練習場所を後にしようとしたネルソンの顔に、もう一度風が吹き付けた。
「ぶっ」
『ネルソン、頑張ってね』
ノリシュの声だった。
他の女子が帰った後で、もう一度風便りの術を使ったようだった。
『ネルソンが私のために色々頑張ってくれたこと知ってるよ。私もネルソンにはあいつらに勝ってほしい。でも、無理はしないでね』
「別にお前のためってわけじゃ……」
ネルソンは聞こえないと分かっていながら、思わず呟く。
「あいつ、最後にここに残ったのが俺じゃなかったらどうする気だったんだ」
『ありがとう。ネルソン』
まるで耳元で囁かれるような最後のノリシュの言葉に、ネルソンは思わず言葉を失った。
「……あれ、ネルソンどうした? 顔が真っ赤だぞ」
先を歩いていたアルマークにそう指摘され、ネルソンは慌てて首を振った。
「なんでもねえよ!」
首を捻るアルマークに、ネルソンは大声で言った。
「アルマーク、絶対勝とうな!」
アルマークが笑顔でそれに応える。
「もちろん。さあ急ごう。マイアさんに朝ごはんが片付けられちゃうよ」




