微笑み
有無を言わせぬ
あれはまだ小さかった頃の記憶、何をしたのかは覚えてないけど母さんに凄く怒られた事があった。
普段なら父さんに怒られて母さんが慰めてくれるはずなのにあの時怒ったのは母さんのほうだった。
その時思った。父さんよりも母さんのが怖いと。父さんに怒鳴られようと拳骨もらおうと反発を覚えるものだ。もちろんちゃんと反省もするけどそれと同時に「でも」「だって」など言い訳が出てきてしまうものだ。けど母さんに怒られると全然違う。言い訳すらも出てきてくれない。どうにか怒りを静めてもらうことしか浮かばない。でも方法すらも思いつかずに思考は空転してどうにもならなくなる。
なぜそんな事を思い出したって?いまが正にその状況だから。目の前にいる女の子・リーアが微笑んでいる。けど怖い。あの時の母さんと同じくらい怖い。しかも何に怒っているのか分からないから余計に怖い。
父さんに出された課題「下位魔獣・ホワイトラビィの世話」をこの一ヶ月やっていた。全然言う事も聞かないホワイトラビィに手を焼いていた、餌をやればそっぽを向かれ、触ろうとすれば反撃され、寝床の掃除をしようにも威嚇されもう散々だった。しかも今日は脱走までされてしまった。そんな事が父さんに知れたら拳骨を食らうのは確実なので慌てて探しに出た、ホワイトラビィはすぐに見つかった。自分よりも小さい女の子におとなしく抱き上げられるホワイトラビィを見て焦った。女の子はキョトンとしながらもホワイトラビィを渡そうとしてくれたが手を出したら噛まれた。なら、と網で捕まえようとしたら暴れだした。焦れば焦るほどにホワイトラビィは暴れだすどうにかしないとと思ってもどうにもならないいつもこうなのだ。
女の子に止められ家まで連れてくから案内してと言われて少し下がったらホワイトラビィは暴れるのをやめて女の子の腕の中で丸まったようだ。もさもさしててそう見えただけかもしれないけど。ホワイトラビィを撫でる女の子の腕を見て傷がついてるのに気付いた。きっとさっきので爪が当たったんだろう。近づくとまた暴れだしそうで声をかけるけど女の子は気にしてないようで大丈夫だからとしか言わなかった。
家についてからも女の子・リーアはホワイトラビィを膝に乗せて椅子に座っていた。お茶を持ってきても降ろそうとする気がないので部屋に入れてもらおうとした。自分がやったらまた暴れるかもしれないから。情けないけど仕方ない。お茶を飲みながらどうやっておとなしくさせているのか聞いてみよう。父さんは見て覚えろとしか言ってくれないが見ていても分からない。なら出来る人に聞けばいい。これで少しは課題に進展があるかもしれないんだから。
そう思ってたら名前を呼ばれた。それが今だ。相変わらず笑顔のままでこちらを見ているリーアはたぶん可愛い。きっと可愛いと思うんだ。だけど怖い。なぜだか怖い。そして彼女は言った。
「今すぐに、柵の中を綺麗にしなさい。自分が横になれると思えるくらいに」
訳が分からなかったが自分の出せた答えはひとつだけだった。
「はい」




