File05 篠原余白の告白 記事:篠原余白
本日3回更新2回目です
あれからおれと記者は情報交換をする仲になっていた。
と言っても、決定的な情報を持たない素人がおれだ。
だから、記者の意見に対して意見を言うくらいことしかできなかったが。
ただ、おれの中ではまだ篠原余白という女性への思いがくすぶっていた。
同姓同名の別人なのか、あるいは本当に殺人事件はあったのか。
そして――あの男性は何者か。
最初のメールから一週間ほど経過していた。
深夜二時という時間に、非常識にも記者がメールを送ってきていた。
文面からして、かなり興奮していることがわかった。
記者は件の心霊番組のプロデューサーに当たっていたのだ。
最初こそ関わりたくないといった様子だったらしい。
なにせ過去の番組の出演者がストーカーの被害者かもしれない、となれば問題になりそうだからだ。
だが――しつこく当たっていると、局の資料室に事前に撮影したインタビューの録画があるかもしれないとわかった。
記者はかなり苦労して、その録画を探し出したそうだ。
メールの最後に動画ファイルが添付されていた。
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「では、篠原余白さん。今からインタビューを始めますね。緊張しないでいいからって言っても難しいかもしれないけど」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。今回の相談にいたった経緯を教えてくれますか?」
「はい……。その、実はというか……わたし、その心霊に悩まされているのか、現実の人に悩まされているのか、よくわからなくなっちゃって」
「どういうことだろう?」
「わたし、幼い頃は団地で暮らしていたんです。その……団地って子ども同士が集まって遊ぶことが多いんですよ」
「ああ――なんとなくイメージできるね。あんまり年齢に関係なくって感じかな」
「そうですね。多少の年齢差は関係なくって、団地の中にある公園とかに集まって遊ぶんです。わたしもいっつも仲間に入れてもらって遊んでたんですね」
「うんうん」
「男子とか女子とか関係なく、だいたい十人くらいのグループだったと思います。その中に、としくんって男の子がいたんです」
「うん、としくんね。どういう男の子だったのか聞いていいかな?」
「その子――としくんは、気づいたらグループにいて、そう……いつの間にかいたんです。いつもニコニコしてて、一緒に遊ぶんです。ドッジボールしたりとか。でも、いつも最後までとしくんだけ誰も迎えにこないんですよ」
「ええと……団地の子じゃないの?」
「わかりません。わたしたちもとしくんって呼んでましたけど、その名前以外は誰もとしくんのことを知らなかったんです。名字も、本名も、誰も知らなくて。ただ“としくん”って呼んでいただけでした」
「へぇ……不思議な子だねえ」
「でも、わたしたちはそのことにずっと気づいていなくて。ただただ友だちの一人だって、ずっと思ってたんですよ」
「ほう……気づいてなかったんだ」
「それで、わたしが小学校を卒業するくらいの時期でした。ちょうどその頃、父親の転勤が決まって、団地から引っ越すことになったんですよ。それで皆に挨拶をしてて……」
「としくんにも?」
「そうなんです。でも、そのときになってふと気づいたんです。としくんってどこの子だろうって。それに……」
「それに?」
「としくん、ずっと子どものままだったんです」
「子どものまま? どういうことかな?」
「ええと……成長していないって言うんですかね。いつの間にかいて、いつも一緒にいて……それで気づかなかったのもおかしな話ですけど。ずっと小学生のままって言うか」
「それは成長が遅いとかそういう話じゃなくて? その年頃だと成長期に入るのも個人差が大きいから」
「……そういうのでもないんです。ええ……本当に言葉どおりに成長していない。そのことに気づいたとき、スゴく怖くなっちゃって」
「あー確かに怖いね、それって」
「でも、引っ越ししちゃうし、なにも言わずに行くのってなんだかとっても気持ち悪いというか……その心残りっていうか」
「うん。まぁわかるよ。成長していないっていうのは横に置いておいて、友だちとしてずっと遊んできたんだもんね」
「そうなんです……でも、としくんには会えず終いでした。最初は心残りだったんですけど、中学、高校って自分の生活をしていく中で、すっかり忘れていたんですね」
「うん。べつに篠原さんはおかしくない。そういうもんだよ」
「でも……つい一ヶ月くらい前ですか。たーくん……佐々木タクマくんから連絡をもらって皆で会うことになったんです」
「あーその団地で一緒に遊んでた子たちってことかな?」
「ええ。何人かは連絡をとってましたから。それで皆に会うことになって、ちょっとした同窓会気分で待ち合わせ場所にいったんですよ」
「ああ――楽しかったんじゃない? 久しぶりに友だちと会って」
「ええ、すごく楽しかったです。で、最後に団地に行かないかって話になって」
「他の子たちも引っ越ししてたんだ?」
「何人かは。そうじゃない子もいましたけど、せっかくだからって皆で行くことにしたんです」
「そこで何かあった?」
「はい。団地の中にある公園、記憶にあるより小さく感じて。でも、懐かしくって皆でだべっていたんです。そしたら――いつの間にかとしくんがいて」
「もしかして……子どものままだった?」
「はい。昔に見ていたままの」
「でも、皆にはとしくんが見えていないみたいで、無視してるんです」
「へえ……おかしな状況だね」
「それでとしくん、わたしの側にきて言ったんですよ。これからもずっと見てるからって。それですごく怖くなって」
「そっか。それで手紙に書いてくれたみたいな状況に?」
「そうなんです。いつどこにいても誰かに見られているみたいな気になって」
「なるほどねぇ……ありがとう。篠原さん、テレビだと最後の結論のところだけ切り取って、相談って形になると思う。本当は全部流したいんだけど、放送時間の問題でね」
「わかりました」
「ごめんね。でも、今のインタビューは霊能者の先生に見てもらうから。ちゃんと相談内容は伝わると思うよ」
「はい……よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。じゃあ、今日はこれで終わりますね」
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荒い画像の動画だった。
ところどころ音声もトンでいたし……よく残っていたものだ。
どこかモザイクがかかったような解像度の低い動画。
それでも篠原余白という女性についてわかったことがあった。
彼女は実在していて……そして、悩みを抱えていたのだ。
としくんという謎の存在は彼女の妄想の産物なのか。
いや、ストーカー被害にあった可能性という点では実在するのかもしれない。
そも犯人ととしくんを結びつけていいのだろうか。
短絡過ぎる気がしないでもない。
あらためて思えば、“としくん”は名前ではなく、ただの呼び名だったのだ。
篠原余白という固有名詞とは、決定的に違う。
まんじりともしない、どこかざわつく気持ち。
それを押し殺すように、おれは煙草に火を点けた。
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