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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部

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第9話.倒れた青年

 


 銀狼の導くままに、クナは歩き続けた。


 木に忘れないよう目印をつけながら進んでいく。

 その途中、空腹を覚えたクナは、カゴからサフロの実を取り出して食事をとった。そのたびに律儀にも狼は立ち止まったが、クナが実を差し出しても食べようとはしなかった。


 そうして、何時間も歩を進めると――ようやく狼が立ち止まった。


 フン、フン、と狼が鼻を鳴らして、何かのにおいを嗅いでいる。

 疲れたクナが木の間から見れば、灌木に寄りかかる男の姿があった。否、寄りかかっているのではない。木を倒したまま気絶している。


 クナは遠目に観察する。

 血に汚れてよく分からないが、どうやら若い男のようだ。


 切り裂かれた上衣には、なめし革でできた鎧とマントが引っ掛かっている。

 ベルトに吊り下げているのは小袋と水筒。切らしたのか落としたのか、回復薬の類いは見当たらない。

 膝下までを覆う革のブーツは、それなりに高級品に見える。腰に佩いた長剣からしても、冒険者だろうと思われた。


 魔獣に襲われたのだろう。左目から顎にかけて、そして肩から腹部にかけてぱっくりと爪痕らしき傷が広がっている。

 流れ出た夥しい量の血を吸って、一帯の土の色が変色しているほどだ。ここまで血のにおいを漂わせながら、魔獣に追撃されなかったのは奇跡的だろう。


 そんな無残な男の姿を眺めて――、


「馬鹿だね、この人」


 そう、淡々とクナは評する。


 何か事情があったのかは知らないが、踏み込めば命はないとされる森にのこのこと踏み込んだ男だ。

 なんにせよ、放っておくに限る。無償で人を助けるほど、クナは優しくはない。

 むしろアコ村では善意があればあるほど足元を掬われてきたのだ。その結果、クナは森に追放された。その点では男よりもよっぽど馬鹿と言えよう。


 そのとき。

 男から視線を外そうとするクナの服の裾を、何かが引っ張った。


 顔を向けると、狼がクナの服を千切らない程度の力で噛みついていた。

 物言わぬ獣ではあるが、何やら物言いたげに見上げてくる。

 近くに居ると、出会った当初に感じた超常的なオーラのようなものは感じられなかったが、やはり狼にクナを攻撃する気はないようだ。


「……私に助けろって?」


 物言わぬ狼は、クナと男とを交互に見るだけだ。


「あんた、この男のペットだったりする?」

『…………』


 無論、答えはない。でもなんとなく、否定の気配だけが察せられた。

 はぁ、と溜め息を吐いたクナは、がしがしと頭をかいた。


 クナは足音を立てないようにして、男の近くに寄っていった。

 口元に耳を寄せるが、呼吸の音は虫の羽音よりも小さい。

 しかも体温がかなり低い。一度に大量の血を失ったせいだろう。


 数百本の薬草を目の前に積み上げたところで、食む前に力尽きると思われた。

 そもそもこの男に、薬草を飲み込むだけの体力はないだろうが……。


(ポーションが作れれば)


 こういうときに重宝がられるのがポーションだが、この場に調合釜はない。


 どうしたものかと思案していると、何か変な物音が聞こえてきた。

 見れば狼が鼻先で、ちょんちょんと何かを突いて押している。

 カランと金属質な音が響く。クナはそれを拾い上げてみた。


 狼が運んできたのは、夜営用に使うものだろう、携帯用の小型の鍋だ。

 どこからか落下したのか、鍋の底面が凹んでいるが、使えないということはない。


 ようやく、狼がここにクナを連れてきた理由が分かった気がした。

 他の誰でも駄目だったのだろう理由が。


「……なるほどね。薬師にはおあつらえ向きだ」


 ふっ、とクナは薄く笑う。


 男への同情は微塵もない。

 だが、こちらを試すように見つめる銀狼の挑戦を、受けようと思ったのだ。




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