番外編4.リュカは面食い? (コミック2巻発売記念SS)
本日、コミックス2巻が発売です。記念SSを書きました。
「――はい。じゃあ、今日は三千ニェカね。お疲れ様、クナ」
ウェスの街の冒険者組合にて。
背の低いクナは背伸びをして、報酬となる金銭をカウンター越しにナディから受け取っていた。
「ありがとう」
ほのかに笑みを浮かべてお礼を言うクナの足元では、白犬のロイが「わんっ」と機嫌良さげに鳴く。クナの懐が潤えば、それだけおいしいものにありつけると分かっているのだ。
「クナが持ち込んでくれる薬草は、どれも最高品質だから助かるわ。もはや鑑定魔法を使う必要もないわよね」
冗談を言うナディに、「それは受付嬢の怠慢だ」とクナも慣れた口調で返す。二人が軽い笑みを交わしていると、組合の左奥からひとりの青年が姿を現した。
「ナディ。そろそろ退勤時間だから、セスが一緒に飲もうって――って、クナだ。お疲れ」
「リュカ。こんな時間から飲んでたの?」
まだ夕方だ。クナが呆れ顔を向けると、少し赤い顔をしたリュカが慌てて片手を振る。
「今日は魔獣討伐がうまくいったから、記念にみんなで一杯飲んでただけだぞ!」
「《《いっぱい》》飲んでたんだね」
クナのからかいの言葉に、ナディが噴きだす。リュカは困った様子で目を泳がせていたが、窮地を逃れる名案を思いついたように手を打った。
「そうだクナ、宿屋まで送ってくよ。そろそろ暗くなってきたしな」
「いや、別に……」
すぐ近くなのだし、送ってもらわずとも大丈夫だ。
そうクナが断ろうとすると、なぜかナディが返事をする。
「そうね。リュカ、ちゃんとクナをエスコートしてね」
「任せてくれ!」
リュカはともかく、ナディには強く出られないクナである。まぁ固辞するでもないか、とリュカを連れて冒険者組合を出た。
街には、すでに閉まっている店があれば、これから営業を開始しようと明かりを灯している店もあった。寂しさと賑やかさが同居するような光景から、クナは隣を歩くリュカの横顔へと視線を移す。
(そういえば、イシュガルさんに、ナディに……リュカの周りって、きれいな人だらけだよな)
もはや彼女目当てなのではと邪推したくなるほど、多くの客に囲まれがちなナディ。少女と見紛うほどに幼げでありつつ、貴族としての気品と穏やかさを併せ持つイシュガル……。
もちろん、彼女たちと共にあるリュカ自身も驚くほどに整った容貌の持ち主で、それは領主一家全体に言えることである。
しかし美貌の一家で育った以上、自覚的にせよ無自覚的にせよ、目は肥えていくものだろう。腕を組んだクナは、本人にどんなものなのか訊ねてみる。
「リュカって、面食いなの?」
「ええっ? なんだよ急に」
唐突な言葉を受けて、リュカがたじろぐ。
「だってリュカの周りって、美人ばっかりだから」
自明の事実を淡々と述べると、リュカが足を止める。
かと思えば瞳を揺らしながらクナを見つめてくるので、クナも立ち止まったまま見返した。
(……? なんで私を注視するんだ?)
青空の色をした瞳にじーっと見られながら小首を傾げたクナは、間もなくその理由に思い当たる。
(まさか、こいつ……私をイシュガルさんやナディと比較してる?)
それはさすがにむかつく。
クナがじっとりとした目で睨み返すと、なぜかリュカはさらに顔を真っ赤にして視線を逸らす。それは、夕焼けや酒精は言い訳にならないほどの紅潮だった。
後頭部を掻きながら、リュカが口の中でごにょごにょと言う。
「まぁ……その……」
「…………」
「確かに面食いの自覚は、あるかもしれない……」
片手で押さえた口元からは、そんな発言が漏れ出た。
「……ふぅん」
やっぱりそうだろうなぁ、と思いながらクナは頷く。
再び歩きだしつつ、クナはしみじみしてしまう。
(この調子じゃ、リュカは結婚相手を探すのにも苦労するかもしれないな。イシュガルさんは大変だ)
家柄、容姿、それに心根の三点において彼と釣り合いが取れる相手となると、そう簡単には見つからないだろう。
クナがそんなふうに思っていると、なぜか彼女の足元で「わふっ……」とロイがため息をこぼすように鳴いたのだった。







