最終話.クナの薬屋
ある日のことである。
冒険者仲間から「ウェスに行ってみないか」と誘われた男は、思わず「ええっ」と情けない声を上げた。
「ウェスって、あれか。凶暴な魔獣だらけの死の森と隣り合ってる町……?」
その名を口にするだけで、男はぶるりと震えてしまう。
「そうだよ。冒険者なら、一度は足を運ぶべき町のひとつだ」
「いやいや……おれたちのような駆けだし冒険者が行くようなところじゃないだろ。むざむざ死にに行くようなものだぞ」
「森に入るつもりはない。近くにも魔獣狩りに適した街道が多いって言うから、行ってみて損はないと思うんだよな」
そもそも死の森と隣接する町に行くというだけで、男にとっては恐ろしいことだった。
不安がる男の肩を、あくまで気楽に仲間が叩く。
「大丈夫だ。ウェスには、とんでもなく効き目のいいポーションを売る薬屋があるらしい。噂によると、そのポーションを飲めば千切れた腕や足を繋ぐこともできるっていうぞ」
「何言ってんだ、お前……」
ウェスにそこまで効果の高いポーションを作る魔法薬師がいるなんて、いかにも眉唾物だった。
そうして最初はとにかく駄々をこね、いやだいやだと首を振っていたはずが、気がつけばウェス方面に向かう荷馬車に揺られていたので、男は流されやすい自分を悔いた。
(いや、森に入るつもりはないって言ってたし……大丈夫、だよな?)
冒険者稼業なんて続けていれば、命はいくらあっても足りない。だからといって若い身空で命を散らしたくはない。
数日も馬車に揺られていれば、ウェスに到着した。おっかなびっくりの男を連れて、仲間は興味深そうに活気ある町を見回す。
「冒険者ギルドにも立ち寄りたいところだが……まずは噂の薬屋を覗いてみるか。この町には薬屋が二つあって、どちらも評判らしい。今日行ってみるのは、前に話した噂に名高い薬屋のほうだ」
道が入り組んでいたので、少し迷いながらも男たちは目的の薬屋に辿り着いた。
清潔感のある外観だが、店構えは小さい。見ただけでは他の町にまで知れ渡るほど有名な薬屋とはとても思えず、男は首を傾げた。
本当にここが話題の薬屋なのか。疑わしい気持ちになりつつ、仲間の背中を追うように店内に足を踏みだす。
木戸につり下げられた呼び鈴が、からからと涼やかな音を立てる。
物珍しげに店内を見回す二人を出迎えたのは、奥から姿を現したひとりの少女だった。
(店主……いや、こんなに小さいんだ。売り子かな?)
肩に垂らした艶めいた黒い髪に、神秘的な橙色の目をした少女である。一見すると幼い顔立ちなのだが、瞳に宿る意思の強さに男はどきりとさせられた。
笑うのが苦手なのだろうか。少女はひくひくっ、と口元を引きつらせてから、困ったように後ろを向く。その一秒後、諦めたように無愛想な顔で振り返った少女は、男たちにぺこりと頭を下げる。
しかし接客慣れしていない態度とは裏腹に、その声音は店内に凜と響いた。
「いらっしゃい。ようこそ――『クナの薬屋』へ」
後にその店は聖女の薬屋、と呼ばれ世界中の人々に知れ渡るようになるのだが――それはまだ、もっともっと先の話である。
これにて『薬売りの聖女』は完結となります。
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