番外編2.お手! (コミック1巻発売記念SS)
本作のコミック1巻が、本日7月17日に発売しました!
記念のSSです。リュカとお手の話です。(書いてから気づきましたが、コミック1巻にはほぼリュカの出番はありませんでした)
その日もクナは、宿場町の近くで敷物をして露店商売に励んでいた。
「ロイ、お手」
「わんっ」
良い返事をしたロイが、差しだしたクナの手に右の前足を乗せる。
「おお、よしよし」
ご褒美にクッキーをやる。といっても一枚ではなく、四つに砕いたひとつだけだ。
一度に一枚やってしまっては、ロイはぷくぷくと肥えてしまうことだろう。そう言い訳しつつ、クナがロイの小さな頭を撫でてやっていると。
「クナ、何やってるんだ?」
そこに通りかかったのはリュカだった。珍しくセスやガオンは近くにいない。
「暇だから、ロイに芸を仕込んでたの」
と、クナは簡潔に説明する。
最近は露店の評判も高まってきて、朝のうちにポーションはほとんど売れてしまう。昼を過ぎた頃には客足も途絶えるので、クナはロイと遊んで時間を潰していたのだ。
ロイの正体は賢く美しい白銀の狼なのだが、ウェスでは白い小犬に変身している。
犬に変身している間はクナの言葉を無視することも多いのだが、ちゃんとご褒美を用意すればわりと言うことを聞くのである。
「はぁ……」
なぜかリュカに溜め息を吐かれて、クナは小首を傾げる。
「なに、急に」
しかしその場にしゃがみ込んだリュカは、クナではなく、はっはと舌を出しているロイをじぃっと見やる。
「いや、ロイっていいよな。しょっちゅうクナに構ってもらえてさ……」
「クゥン?」
「オレもロイになれたらなぁ~」
(何言ってんだこいつ)
クナは戸惑った。犬になって、何をどうするというのだろう。
だが妙にリュカは寂しそうな顔をしている。本気でロイが羨ましくて仕方がない、と言いたげだ。
「つまりリュカは」
「うん」
「私にお手をされたり、ブラッシングされたり、一緒にお風呂入ったり、眠ったりしたいってこと?」
「――、」
リュカの全身が硬直する。
その頬が、朱を注いだように赤くなっていく様子を、クナは至近距離でまじまじと見ていた。
「そっ――では、なく」
「ではなく?」
「ではなく……」
動揺の激しいリュカが小さく呻く。それ以上の言葉が出てこなくなったらしい。
ふと思いついたクナは、そんなリュカの前に片手を出してみた。
「リュカ、お手」
クナとしては、ふざけてみたつもりである。
「わん!」
しかし間髪を容れず、リュカが右手を出してくる。
ぽんっ、と元気に手のひらに触れる大きな手を、クナは凝視する。
しばらく時が止まった。
「ち、違うんだクナ、これは……」
焦りに焦ったリュカが何かを言いかけたとき、そこに乱入してきた者たちがいた。
「大変なものを見ちまったな、ガオン……」
「うん。イシュガルさんにどう説明すればいいか」
路地裏から顔だけ出してこちらを覗き込んでいるのは、セスとガオンだ。
言葉尻とは裏腹ににやにやが止まらないようで、頬が緩みきっている。
「やめろ。母さんに言うのはマジでやめろ。洒落にならない!」
「さっきのお前のお手も洒落にならないだろ」
「お前だってナディに手を出されたら、きっと同じことをするぞ!」
「おれにそんな趣味はねぇ!」
リュカは立ち上がるとセスたちを追いかけるが、彼にとって仲間たちの登場は助け船でもあったのだろう。
離れていく背中を見送りながら、クナはぽつりと呟く。
「ロイ。もしかしてだけど……」
「ウゥ」
「リュカの前世って、犬なのかもしれないね」
「ワンッ」







