第70話.薬師は大枚はたきたい
あとがきにてお知らせがございますので、ぜひ最後までご覧ください。
怒鳴り込んできたウルたちや、鑑定を行ったロビンたちが去って行くと、領主邸の使用人たちは滞っていた作業を再開した。
クナはアルミンと秘書に連れられて、本邸の小さな部屋へと通された。商談――というほどではないが、金銭交渉のためである。リュカは作業を手伝うからと、外に残っていた。ロイは庭園を駆けていたので放っておく。
「品質不明の中級ポーションは、一本七百ニェカが上限価格ですね」
「……品質不明。上限価格?」
聞き慣れない言葉に、クナは首を傾げる。テーブル越しに正面の椅子に座ったアルミンが頷く。開け放たれた窓から入ってきた風が、彼の髪を揺らしている。
「果物や酒と異なり、ポーションは取引価格が大きく変動しないよう国に定められています。その価格は品質によって変わるんです。五段階評価については、先ほど冒険者組合長が説明しましたよね」
クナは頷く。優、 良、可、不可、劣の五つの品質だ。
「ユルギ、紙を」
「はい」
アルミンに呼ばれた秘書が、羊皮紙と羽根ペンを用意する。行商人の振りをしてアコ村に来ていた男の名を、クナは初めて知った。
アルミンはインクをつけて、さらさらと文字を書いていく。インクには、樹液と鉄を混ぜたものが使われている。鼻をつく独特の香りがするが、クナはこれが嫌いではない。
アルミンが羽根ペンを握り、整った字で書いていく。
――初級ポーション
優 五百ニェカ 良 四百五十ニェカ 可 四百ニェカ 不可・劣・不明 三百ニェカ
――中級ポーション
優 千ニェカ 良 九百ニェカ 可 八百ニェカ 不可・劣・不明 七百ニェカ
――上級ポーション
可 五千ニェカ 不可・劣 二千ニェカ
「これが設定価格の上限です。なぜそんなものが設定されているか、理由は分かりますか?」
アルミンは、クナが平民だからと侮ることをしない。クナに考えることを促してくる笑顔は、教師のようだった。
クナはじっと考える。ウェスに来てから何度も聞いた。薬師が貴重であること。街にポーションが行き渡っていないこと……。
「ポーションが貴重だから?」
答えは及第点らしい。アルミンが笑みを深める。
「そうです。貴重で、誰もがほしい商品であれば、買い手は値をつり上げますよね。しかしポーションは騎士や兵士、冒険者たちにとって生命線です。魔獣を倒してくれる彼らがポーションを購入できないと、怪我人や死人が増えて、結果的に国は大損なわけです。戦時中は国からの支給品となるので、また話は違いますが」
「……だから、ポーションの価格が上がりすぎないように法で決めている」
「ええ。ここで重要になるのが鑑定によって保証される品質ですね。品質によって上限金額が分かりやすく上がりますし、何より名のある鑑定士から保証されたポーションは、みんなこぞって買いたがる」
「品質不明というのは?」
先ほどから気になっていたことだ。
ロビンの鑑定では――あの老女は、答えを濁していたけれど――クナの作った中級ポーションは、優よりも優れたポーションとのことだったが。
「薬師は、国家資格を得た鑑定士三名以上から品質鑑定を受けた場合に、その品質が保証されたとしてポーションの値を上げることができるんです。ロビンさんもそのひとりですが、このあたりには彼女の他に国家鑑定士は居ません」
(そうか。だから、私のポーションは「品質不明」なのか)
ロビン以外の、二人の鑑定士にもポーションを見てもらい、同じような結果が出なければ、品質が認められないのだ。
数十年前は、ひとりの鑑定士が証明書を書けば、販売価格を上げることができたそうだ。だが、鑑定結果を金で買う不正が横行したため、厳しく取り締まられた。
ポーションの品質を査定してもらうために、薬師の多くは鑑定士の多くが住む王都へと向かう。そこで見込みありと見られれば、宮廷や大店から声をかけられるのだ。薬師のほとんどが王都で囲い込まれているのが、現状だという。
「このように、品質を認められるには厳しい条件が課されます。しかしポーションを作れる人材自体が稀ですから、宮廷や領主に雇われる薬師には毎月の固定給が発生し、街や村で薬屋を開業する場合は、何かと免税措置も取られて優遇されるんですよ」
鑑定が厳しいため、瓶の大きさを小さくして売り出したり、個人間で違法価格で取引しようとする者も中には居るという。
「じゃあ、私の中級ポーション三本に十万ニェカを支払おうとしたリュカは、違法ですね」
クナとしては思ったことを口にしただけだった。
アルミンの後ろに立つユルギが、驚いたように目を見開く。アルミンは口元に手を当てて、肩を揺らしている。ずいぶん愉快そうだ。
「そう言わないでやってください。その場合は付加価値だってあるでしょう」
「付加価値?」
「『死の森』に居るリュカが中級ポーションを売ってくれ、と叫んだとします。それを聞いた薬屋が駆けつけてくれるでしょうか?」
これにクナは首を振る。どんな薬屋でも、森まで商品を配達することはない。
(……そうか、付加価値か)
単純なことだけれど、見落としていた。ただ自分の商品を売ることに集中していたからだ。
クナはロイに導かれて、森の中で死にかけるリュカの命を助けた。だからリュカは十万ニェカも惜しくないと思ったのだ。あのときのリュカにとって、自分を救ったポーションにはその価値があった。
――中級ポーションは、二百六十本で十八万二千ニェカ。
解毒薬は作った量から考えて、五万ニェカ。合わせて二十三万二千ニェカというのが、妥当なところだろうと、すぐに結論が出る。
(そんな大金が一気に手に入ったら……)
クナはそわそわした。買う予定だった調合道具を、もうひとつ良いものに変えようか。いや、調子に乗りすぎて貯金が枯渇しても困るのだが。悩ましいところだ。
「すみません。少し金額に手を加えさせていただいても?」
「……なんでしょう」
アルミンの言葉に、クナはとたんに渋面になった。
値切り交渉には応じないつもりだが、金額が金額だ。価格が固定されているポーションはともかく、解毒薬はもう少し価格を下げたいと言われるかもしれない。
「まず、私は非常識な納期でお願いしましたよね。貴重な薬を素早く納品いただきましたから、追加で五万ニェカ。品質の良い解毒薬をご用意いただいたので、追加で五万ニェカ。切りよく、三十五万ニェカでいかがでしょうか?」
一瞬、クナの意識がふわりと飛んだ。
(三十五万……)
聞き間違いを疑い、アルミンの手元を見る。羊皮紙はクナに見やすいように、テーブルの上でくるりと回転されている。
そこにアルミンが逆側から、器用に文字を書き足している。よく分からない難解な言葉がいくつも踊る。おそらく違法取引というものに当てはまらないよう、いろいろ気を使うところなのだろう。
だがそんなことは、クナにはどうでも良くなっている。
(さんじゅうごまん)
――クナはそのとき、指物師に乳鉢を見せてもらっていた。
見本用の品を貸してもらい、敷物を敷いた床に座り込んでいる。ごりごり、ごりごり、と乳鉢と乳棒の具合を確かめて、にんまりしている。やはり、使い心地が良い品だ。余計な力を入れずとも、均等に薬草が砕ける。
調合釜はどれにしようか。あれもいい、これもいい。あっちも気になる。商品棚におかれたやつの値札を確かめて、げぇっと声が出る。一点物の調合釜。補助の魔法陣が三つも刻まれているという。これならば、どれほど調合がはかどるだろうか……。
「クナさん?」
アルミンに名前を呼ばれ、クナの意識は現世へと戻ってきた。場所はまだ指物屋ではなく、領主邸の一室である。
「三十五万、ですか」
今のクナには途方もない数字に思えた。
宿暮らしのクナでも、それだけあれば三月はのんびりと暮らせる。そういう金額を一日で稼げたのだ。押し寄せるのは実感ではなく、夢のような心地である。
(あ……)
そして、よくよく考えてみて気がついた。
もしクナの中級ポーションの品質が優だとしたら、ポーションは一本千ニェカになる。合計すれば、二十六万ニェカだ。
アルミンはそう判断して、うまく帳尻を合わせるように計算してくれている。
(その価値を、認めてくれたってことだ)
ならば、報酬は大人しく受け取るべきだ。
薬屋で働いていたときは、毎日の少ない稼ぎはほとんどドルフに持って行かれ、安酒に変わってしまった。だが今や受け取った金は、すべてクナの自由にできるのだ。クナは物欲があるほうではないが、調合道具は妥協したくない。
「それでお願いします」
「承知しました。現金ですぐにお支払いしましょう」
どうしよう、とクナは思う。このあと指物屋に駆け込むだろう自分を、止められる気がしなかった。
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また、本作のコミカライズは赤樫先生がご担当くださいます。
赤樫先生は「盾の勇者のとある一日」「たびみまん」などのコミックを描いてらっしゃる漫画家さんです。FLOS COMICより10月末より連載開始予定です、こちらも楽しみにお待ちください!







