第69話.鑑定の結果
「クナさん。これはあなたが作ったポーションなのよね?」
今さら、ロビンがそんなことを確認してくる。
間違いなく、クナが手ずから作ったポーションだ。迷いなく頷くが、ロビンはひっそりと溜め息を吐いた。
「ごめんなさい。私には評価できないわ」
――額の中心が割れるような、強い衝撃が広がっていく。
目の前が暗く、色を失っていく。クナは自分がまっすぐに立てているのか、分からなかった。目尻が引きつり、鼻の奥がつんとする。
(私のポーションは、評価すらできない程度のものなのか)
ここ最近の出来事で、たぶん自惚れてしまっていたのだ。
自分の調合の腕前が、少しは上がったような気がしていた。だが、努力が実を結んだのだと思い込みたかっただけなのかもしれない。
「そんな……」
リュカとナディが呆然とする。唯一、噴き出したのはウルだった。
「いや、フッ、失礼」
咎めるようにアルミンに睨まれ、口元を両手でおさえるものの、堪えきれないようで喉の奥で笑い続けている。
どこか心ここにあらずといった様子のロビンだったが、周囲の空気が一気に冷えたのを感じ取ったのだろう。顔を上げて、目を見開くと、大きく両手を振る。
「ちょっと待って、ごめんなさい。なんだか誤解させちゃったかしら」
誤解、とはなんのことなのか。クナが見つめれば、ロビンは顎に指を当てて、眉根を寄せている。
深い苦悩が見て取れる。それはクナがショックを受けないように、言葉を選ぶためかと思われたが。
「そうね、なんて言えば伝わるのかしらね。……冒険者組合長として、このポーションには、安易に優の評価を下せないのよ」
「……え?」
「私が今まで優と判断してきた中級ポーションとは、一線を画しているから。クナさんのポーションを優と呼ぶなら、他の優のポーションの評価は軒並み良か可に下がってしまう。言っている意味、分かるかしら?」
そう言われても、クナはぽかんとしてしまう。
ロビン自身も困惑を隠せないようだ。だが、彼女の灰紫色の瞳には興奮の色がにじみつつあった。
「ナディが最高品質で買い取った薬草があったから、どういうことかしらと思っていたけれど……ようやく分かったわ。私の想定が甘かったわね。でも評価基準が作られて六百年も経ってから、五段階評価を超える薬師が出てくるなんて、ふつう思いもしないでしょ?」
まくし立てるようにぶつぶつと呟きながら、ロビンは片手をクナの肩に添える。
「どうか隠さずに教えてちょうだい。クナさんって、もともと宮廷薬師だったりする? それとも王都で大店を出してたとか? 私、何を言われたって驚かないわよ」
「えっ、あの」
「組合長! クナが困ってます。それくらいにしてあげて」
あまりの剣幕を見かねて、ナディが止めに入る。
「それに、このあと定例会議が入ってます。そろそろ商業組合に行かないと」
「ああ、そうだった。こんなときに、もう!」
悔しげにロビンが爪を噛む。クナが最初に抱いた、上品で優雅という印象は、早くも崩れ去りつつあった。
くるりと振り返ったロビンは、アルミンを睨むように見据えると、こう言い放った。
「とにかく、アルミン様! 納品されたポーション、本当にすばらしい出来よ。きちんとクナさんに報酬を払ってね。クナさんのポーションについては、国の発展のためにも協議すべきだわ……!」
半ばナディに腕を引きずられるようになりながら、慌ただしくロビンが去って行く。
「やっぱりクナはすごいんだな。あんなにロビンさんが取り乱してるの、初めて見た……」
惚けたようにリュカが呟く声が耳に入る。クナは、安堵はしても手放しに喜ぶ気にはならなかった。
物言い自体は大袈裟に感じたが、ロビンはクナのポーションを、良い品質だと認めてくれたようだ。だが上には上が居ることも、クナには分かっている。
(世の中には、上級ポーションだってあるからな)
材料自体が希少な上級ポーションは、クナにとって憧れだ。いつか作ってみたいと思っている。先ほどロビンが口にしたような、宮廷に仕える薬師などであれば、そういった調合難易度の高いポーションも、きっと軽々と作ってのけるのだろう。
(上級ポーションの材料、『死の森』で手に入れば良かったんだけど)
「そういうことですから、ウルさん。これで文句はないですね?」
アルミンが、気持ち良いほどにこやかな笑みをウルに向ける。ウルは怒りか羞恥のためか真っ赤になっている。
「そ、それは……」
「組合長があそこまで、クナさんの中級ポーションは優れていると太鼓判を押したわけですから」
アルミンは中級、のところに力を入れている。ウルが提出したのはアウルの初級ポーションだった。ウルはクナのポーションを偽物と断じたが、本来であればはなから勝負にもなっていないと言いたいのだろう。
「……分かりました。これ以上は私からは何も言いません」
悔しげに拳を握りながらもウルが去って行く。アウルはちらちらとクナを見ていたが、ウルに怒鳴られて致し方なさそうに踵を返した。
クナはそんな二人を見送って、ふぅと息を吐く。ようやく面倒事が解決したな、と思っているのだった。
(何ニェカ払ってもらえるかな)
報酬に期待を弾ませるクナである。
……そして、この出来事をきっかけに。
国内で採用されていた五段階評価には、新たに頂点として『最優』という評価が加わることになる。
それは多くの人々を救ったひとりの薬師に、最大限の敬意を払い、国が用意した称号である。
後にも先にも、その印を押されるポーションの作り手はたったひとりしか居なかったのだが――それは、この頃のクナには知る由もないことだった。







