第68話.ポーション鑑定
組合長ロビンの登場に、苦虫を噛み潰したような顔をしたのはウルである。
鑑定魔法を使える人間は限られている。薬やポーションなど、人によって調合されたものを鑑定できるのは特に稀少だ。ロビンはその能力を生かして、女だてらに――しかも異国の血が半分流れる身でありながら、冒険者組合長にまで成り上がった人物だ。
ウルはウェスで開店準備を済ませたあと、ポーションをごっそりと持って冒険者組合を訪問した。所属する薬師全員に、魔力を使い切ってもいいから、一日かけて最高の一本を作れと命じたのだ。店に並べるためでも、組合で売るためでもない。ロビンに鑑定を行わせるためだった。
たとえ販売価格は上げられないにしても、出来の良いポーションを売る薬屋、という評判に一躍買うだろうと、見越してのことだったが……ウルの目論みは外れた。あのときのことを思い出すと、今でもふつふつと怒りを覚える。
ウルはアウルの背中から進み出ると、ロビンをぎろりと睨みつけたが、ロビンは白々しくも優雅な笑みを返してくる。
「お久しぶりですね、ウルさん。私はアルミン様からの依頼でここに来ました。依頼内容は、ウルさんとクナさん、それぞれのポーションを鑑定すること」
ウルは苛立ちを隠せない。ウルが噂を嗅ぎつけて領主館に駆けつけてくると、アルミンは読んでいたのだ。
「はぁ。よっぽどアルミン様は、そちらの流れの薬師が気に入っているんですね」
嫌みったらしく言ってやったつもりのウルだが、肝心のクナはじぃっとロビンを見つめている。橙色の瞳が好奇心で輝いている。
「鑑定というのは、どういった基準でやるんですか?」
「組合では、持ち込まれた素材を五段階評価で判断するわ。優れたほうから、優、 良、可、不可、劣の五つね。私の母の出身国では、これを数字で表したりもする。五が優、一が劣という感じに」
「へぇ……」
(分かりやすい)
五本指を折りながら、ロビンが説明する。クナはほうほうと頷く。
マデリは鑑定魔法が使えた。詳しくは何も教えてくれなかったけれど、彼女と同じ世界を、クナも見てみたいと何度か思ったものだった。
しかしそれはできなかったから、マデリが良いと言った薬草の状態をひたすら観察した。においを嗅いで、たとえばこの薬草は枯れているように見えても、最も薬効が発揮されるときであるとか、虫に食われたような跡があるのは、薬草特有の特徴であることとか、そういうことをひとつずつ読み取り、学んでいったものだった。
(私のポーションは、どんなものだろうか)
マデリはクナのポーションを鑑定したとき、売り物になるとはっきり言ってくれた。あの言葉を支えに、クナは調合に励んできた。挫けそうになっても、マデリの言葉を信じてきた。
ロビンも、同じようにクナのポーションに、価値を見いだしてくれるだろうか。
「やってみたほうが早いわね。ウルさん、あなたはそのポーションを鑑定するの?」
「……ええ。アウルが作った初級ポーションです」
手にしたままの瓶を、ウルが溜め息交じりにロビンに渡す。ロビンはその場に居る全員が見守る中、瓶にじっと目を凝らしている。
灰紫色の目の奥が、水色に光り出す。鑑定魔法が発動している。クナたちは、ロビンの邪魔にならないように黙っている。
ほんの数秒で鑑定は終わる。ロビンが目をしばたたかせると、光は急激におさまっていった。瓶を軽く揺らしてから、すらすらと言う。
「この初級ポーションの品質は可です」
「……またですか」
アウルが眉を寄せるのと、ウルが顔をしかめるのはほとんど同時だった。
「良に近い可ね。以前よりかなり品質が良くなっています。じゅうぶん誇るべき質ですわ」
五段階評価にしていても、実際はもっと細かいところまで分析できるらしい。ロビンはそう言ったが、ウルは腹立たしげに腕組みをしている。鑑定結果に納得がいっていないようだ。しかしアルミンたちの手前、今さらそうとは言い出せないのだろう。
(だけど、そんなのはどうでもいい)
クナはちらりとアルミンを見る。頷きが返ってきたので、荷車に積み込む前の木箱から、ポーション瓶を取り出す。
青いポーション液を目にしたロビンの目の色が変わる。彼女は商売人の顔をしていた。
「中級ポーション。それがクナさんのポーションね?」
「はい。お願いします」
クナはロビンに瓶を渡す。ロビンが軽く頷き、再び魔法を発動させる。
ロビンの目の奥がにわかに光る。水色の光がちりちりと燃えるさまは美しい。燐光のようだ、とクナは思う。暗いところだと動物の骨が、そんな風に光ることがある。
アウルのポーションを鑑定するよりもずっと長い間、その光が瞬いていた。
だがやがて、それも収まる。ロビンはまた明朗に、ポーションの評価を告げるのだと思われた。
しかし、次第に何かがおかしいと、誰もが気がつき始める。
ロビンはどこか戸惑ったように、形の良い眉を歪め、青い液の揺れる瓶を見つめていた。
「組合長?」
黙っていられなかったのか、ナディが声をかける。はっと顔を上げたロビンだが、唇を噛んで、言いにくそうに口を開く。
「その、これは…………、」
ロビンは、確かに言い淀んでいた。
その様子に、クナは思わず顔を強張らせる。ウルが、勝ち誇ったように口角を上げた。







