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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第二部

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第67話.冒険者組合長



 誰もが固唾を呑む中、クナはあくまで淡々としている。

 陽光を反射して、刀身がぎらりと光る。まぶしさに耐えかねたように店主ウルが目を背けた。その顔色は、目に見えて悪くなっている。


「ど、どうせはったりだろう」

「はったり? どうして?」


 最も確実で、信頼できる方法だ。

 修練に励む薬師は、鼠や兎などの小動物を捕まえてきて、わざと傷を作ってポーション液を飲ませたりする。回復力を見定めるのに手っ取り早いからだ。

 幼いクナは、いつも自分の腕を切りつけて試した。マデリにはばれないようにやっていた。ポーションを飲んで、良し悪しが分かるようになるまでは、そうしていた。太い血管を切りつけてしまって、死にかけたこともある。今では懐かしい思い出だ。


「私がそっちのポーションを飲んで、そっちが私のポーションを飲めばいいね」


 またケチをつけられては堪らない。公正を期すためには、そうしたほうがいいだろう。

 まだウルは何か言っていたが、クナは自身の二の腕に躊躇いなく小刀を振り下ろした。だが頭に、覚悟していた電撃のような痛みは走らなかった。


 ――小柄こづかを握ったままの手を、上から包むように握られている。

 リュカだった。読めない笑顔でにこにこしている。なんとなく、怒っているような気がする。そう感じたのは、この数日間の付き合いのおかげだろうか。

 大きな手は、意外にも振りほどけなかった。力をこめても、びくともしない。単純な力でいえば、小柄なクナよりもリュカはずっと強いのだ。


「クナ。試すならオレの腕でな」


 クナの手ごと、リュカが動かす。引き寄せられたクナの肩がリュカの肘に当たる。

 リュカは、自身の手首に小刀の切っ先をぴたりと当てている。あまりの事態に、アルミンは先ほどから口を開けたり閉じたりしていた。何も言わないのは、リュカからにじみ出す怒りの気配が強いからだ。付き合いの浅いクナさえ読み取った感情を、兄であるアルミンが見落とすはずもない。


「クナが自分の手を切ったりしたら、怒るぞ」


 クナの身体である。何をしようと、他人に怒られる道理はない。撥ねつけようとしたが、クナはそこで口を閉ざした。


(リュカの「怒る」は、少し、違う)


 クナが役立たずだと怒鳴りつけるドルフのそれや、不甲斐ないと責め立てる村人たちのそれと、リュカの怒りとは、根本的に違うように感じたのだ。


「……怒るのは、どうして?」


 だからクナは、そう訊ねた。リュカはクナのほうを見ずに、はっきりと答えた。


「ポーションのすごさを証明するためだとしても、クナが傷つくのがいやだから、だな」


 あ、とクナは思い出す。既視感を覚えていた。

 八歳の頃、どこまで回復力が高まるか試したくて、わざと手首の血管を傷つけたことがある。出血がひどくて死にかけたクナを発見したマデリは、目を三角にして怒ったものだった。

 叩きつけるようにポーションを飲まされて、クナは辟易としたものだったけれど――馬鹿だね、馬鹿だね、と繰り返しながら尻を叩いてくるマデリの声は濡れていた。あとにも先にも、マデリから涙の気配を感じたのはあのときだけだ。


「それは、ごめん」

「……おう」


 素直にクナは謝った。リュカは一瞬、驚いた顔をしたが、まなじりを下げている。

 リュカが手を離した。もう安心だと思ったのだろう。しかしクナは、握り込む小刀をアウルに返しはしなかった。


「じゃあ、そっちの店主の腕だけ切ろう」


 鋭い切っ先はしっかりとウルに向いている。クナとしては折衷案のつもりだ。切って、ポーションを飲む。たった二回繰り返せば終わりだ。

 そう来たか、とリュカが苦笑する。いちいち予想を超えてくるクナに、笑うしかない様子だ。

 ウルは苦笑どころでなく「ひっ」と息を呑み、顔を青ざめさせると、息子であるアウルの背に隠れた。クナが冗談で言っているわけではないと、さすがに気がついたらしい。


「その必要はないわよ」


 そこに、涼しげな女性の声が響き渡る。

 別館に近づいてくる二人が居た。後ろが制服姿のナディ。前を歩くのは、見知らぬ初老の女性だ。

 艶やかにさえ思える白髪を、頭の後ろでまとめている。肌は褐色のため、異国の血が流れているのだろうか。

 隙のない上品な化粧を施しており、赤い唇は優雅に笑みを描いている。腰は曲がっておらず、背中に板でも入れたように背筋が伸びた姿には、香り立つような気品がある。


 女性にしては長身な彼女が、優雅に会釈する。


「来てくれましたか」


 アルミンがほっとしたように呟く。どうやら呼んだのはアルミンらしい。

 切れ長の目の下に、笑い皺ができている。彼女は、クナの前までやって来ると。


「初めまして、クナさん。冒険者組合の長を務めます、ロビンと申します」

「……初めまして」


 白手袋を外してから差し出された右手を、クナは見つめる。右手は小刀を握っているが、持ち替えてから握るべきだろうか。

 逡巡した一瞬、ロビンが素早くリュカに目顔で合図を送る。小刀はリュカによって回収された。クナは空になった右手で、ロビンの手を握った。その頃には、クナの興味は目の前の彼女に移っている。別にクナだって、好き好んで血を流したくも、流させたくもないのだ。


(冒険者組合長……)


 ナディが言っていた。組合長ならばポーションを鑑定できる、と。

 腕を切る必要がないということは、彼女がクナとウルのポーションを鑑定してくれるということだろう。どんなものだろうかと、現金にもクナはすっかりわくわくしている。


 そんなクナに、ナディがこっそり耳打ちしてきた。


「クナ。今度ああいうことしたら、あたしも怒るからね」


(う……)


 クナは怯んだ。

 会話の詳細まで聞こえていたわけではないだろうに、今のナディの笑顔にはリュカに負けない迫力があった。




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