第64話.気怠い朝
クナは何か寝言を言いながら目を覚ました。
窓の外が明るい。朝の鐘が鳴ってから小一時間は経っているようだ。早起きに慣れているクナには、珍しいことである。
このまま横になっていても寝苦しいだけだ。クナはむくりと身体を起こすと、木目の粗い天井に両手を組んで伸ばす。筋肉を伸ばしているとげっぷが出た。
なんというか、気が抜けた朝だった。
「……食べすぎたな」
なんとなくお腹を擦って、クナは寝台から出る。床をとことこと歩き回っていた白い毛玉がこちらを向く。
「ロイ、湯浴みに行くよ」
「キャーン」
下着や手拭いの準備をしながら、クナはそういえばと昨夜の出来事を思い出した。
夜も更けた頃、一度だけ目を開けたら、ロイが部屋に居なかったのだ。まじまじと観察すれば、四本の足が泥の色に汚れている。クナは、寝る前にその足を拭いてやったはずだった。
「ロイ。夜、部屋抜け出した?」
「…………」
ロイは答えない。呑気にはっはっと息を漏らしているだけだ。だが、いつも返事をするように鳴くロイのことだから、意図的に無視されている気もする。
ロイの頬をみょんと伸ばしてみるが、微笑んだような和やかな顔になっただけだった。クナは早々に追及を諦めた。ロイの存在や不思議な行動など、気になることはいくつかあるが、クナが興味を引かれるのは薬草や薬、次点がうまい食い物のことである。それ以外のことは二の次だ。
宿の一階で湯浴みをする。ざぶざぶと背中にかけ湯をすると、不快な汗の感触が流れ落ちていく。ロイも湯を浴びるのに慣れて、楽しげに濡れた床にごろごろしている。汚れた毛束から泥や土が溶け出している。
湯浴みを済ませると小腹が空いてきた。いつも通り、『ココット』で食材を調達してきて食堂で調理しようかと思うが、それも面倒な気がして、クナは屋台で軽食を買ってくることにした。
薄焼きにした白いパン生地に、具を挟んだチャコという料理は、通りかかるたび気になっていたものだ。選ぶ具によるが、値段も二百から四百ニェカと手頃である。量は少なめだが、パン屋より安い買い物で済みそうだ。
自分の分は、甘いソースと絡めた薄焼きの卵に、乾燥させた小エビや人参を挟んだものにする。ロイの分は、甘辛い蜜で煮詰めた豚肉と、乾燥野菜が入ったものだ。飲み物は、井戸水でもいいだろう。
「驚いたなぁ、昨夜の」
「アルミン様が様子を見に行かせてるそうだが」
この時間に通りを賑わせる声は、ほとんど商売人や観光客たちのものだ。少なからず貴族か裕福な家の出であろう男女の姿もあるが、数は少ない。人混みに紛れるようにしていても、日傘を差したり、腕を組んでいるところを見れば、一目瞭然だ。
農民はとっくに畑に働きに出ている。女たちは水場に集まって洗濯をしている。クナも洗い物が溜まってきたので、そろそろ行かないといけない。もう少し貯金に余裕があれば、洗濯女に頼もうと思っている。
何かの話で、道行く人が盛り上がっているが、いちいち訊きに行くクナではない。代金を払って、さっさと宿屋に引き返した。
宿の食堂でいつものテーブルにつくと、クナとロイは薄紙に包まれた、まだ温かいチャコを頬張った。
たっぷり入れられたソースが口の端からあふれそうになる。そうして食べてみて、すぐに後悔した。牛の乳があれば、さらにうまくなる。そんなに食欲はないと思ったが、十分とかからず食べ終わってしまった。
(次は他の種類も食べよう)
「じゃあ、洗濯」
「キャン!」
こういうとき、ロイの言いたいことがなんとなく分かる。
「……じゃないな。領主の館に行くか」
ポーションと解毒薬の検品がまだだ。
片づけをすると、クナは宿を出た。北の区画をまっすぐ進んでいく。
(洗濯もそうだけど、日焼け止めも新しいのを作らないと)
湯浴みのあと、クナはいつも化粧水と日焼け止めを全身に使っている。一般的に贅沢品とされるものだが、手作りすればそう高くつかない。いずれは店の商品として売り出したいところだ。そのためにはもう少し改良の余地がありそうだ。
正門扉から覗いてみると、別館の前に人だかりができていた。アルミンとその秘書、それにリュカが居るのが遠目に見える。
するとリュカ――ではなく隣に立つアルミンがクナに気がついて、満面の笑みと共に叫んできた。
「クナさん、おはよう。あなたを待っていました!」
熱烈な歓迎だ。到着が遅いせいで、よっぽどやきもきさせていたらしい。
クナは挨拶を返しながら早足になった。
いつもありがとうございます。
『薬売りの聖女』の書籍化&コミカライズが決定しました。
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詳細は活動報告にて ⇒ https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/924077/blogkey/3194611/
また、なろうウェブ版については第2部(第71話&閑話1)をもって完結予定です。
理由としまして、書籍の加筆修正をしながらカクヨム版も修正を行ったのですが、その際なろう版の修正をしなかったため、描写の矛盾が生じてしまったからです。1話ずつ確認して貼りつけを行うのも時間的に難しいため、ご了承ください。(こちらについて、規約違反に当たらないことは確認しております)
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今後とも『薬売りの聖女』をよろしくお願いいたします。







