第60話.大量解毒薬
「なんとかできたな」
クナはふぅと肩の力を抜き、息を吐いていた。
床の木箱にはそれぞれ、整然と青い瓶が詰められている。緩衝剤代わりに隙間に花でも詰め込めば、すぐに荷車に積められる状態だ。まず品質について確認してもらう必要はあるが、味も確かめて、クナはまず問題ないと思った。
二百五十――どころでなく少しはみだして、二百六十本の中級ポーション。
果たして自分に作れるものかと最初は思ったものだったが、それを作り終えた今も、クナが恐れていた魔力切れは起こっていない。
むしろ、逆だった。クナは常に頭の中にある靄が、ぱっと取り払われて――目の前に急に視界が開けたような清々しさを覚えていた。
「……もっと作れるかも」
口にしてしまうと、途方もなくそそられる。
今後、もう二度とこんな大口な発注は入らないかもしれない。クナだって薬師として、自分がどこまで調合できるのか試したいという気持ちがある。それは限界を知りたいという欲求だった。
今日こそそれを試みるのに、またとない機会ではないだろうか?
(……いやいや)
胸の中に押し寄せる甘美な誘惑に、クナは首を振る。
夕方までに薬を準備する、とアルミンに約束したのだ。依頼主――は正確に言えば領主セドリクと言えるのかもしれないが、彼らとの約束を反故にしてまで、欲求に付き従ってはいけない。
「ズクの解毒薬を準備しないと」
わざと口に出して、自分に言い聞かせるようにすると、クナは少しだけ肩を落として動き出した。背負いかごに入れていたエエィが、解毒薬の材料となる薬草だ。
ズクの解毒薬は、散剤――つまり、粉薬にする。
薬を粉薬にする利点はいくつかある。老若問わず飲みやすいという点はその代表である。だが解毒の役割を持つ薬を粉にする確固たる理由のひとつは、薬が《《効きすぎる》》という事態を避けるためである。
粉薬の量は、年齢と性別ごとに細かく調節する。幼い子どもと働き盛りの男では、身体の大きさが違うのだから、必要となる薬の量が違うのだ。多すぎても少なすぎても、十全の効果は発揮されない。
「用法用量についても、言っておかないとな」
口で伝えてもいいが、紙で説明をつけたほうが分かりやすそうだ。
アコ村は文字を読める人がほとんど居なかったから、クナは飲み方を口頭で説明して、麻の袋から匙で薬を掬い、客が持ってきた壺か麻袋に入れて渡していた。容れ物がないと言う客には、消毒した木の葉に包んでやったこともある。長く家で保管するものではないから、持ち帰れさえすれば、それでじゅうぶんなのだ。薬の量をけちるなと文句を言われることもあったが、それは譲れないことだった。
調薬にあたって魔力は使わない。ただ、薬草を砕くには力と時間がかかる。
窓の外を見れば、空にはうっすらと雲が棚引いている。雲の合間から見える空の色は、まだ青みがかっていた。しかし二百五十人分の粉薬を用意するとなれば、あまり時間の猶予はない。
クナが作業台に並べた薬草は、エエィという。
大して珍しくもなく、そこらへんに生えている薬草だ。というのも、ズク草自体がそこらに生えるのだから、解毒作用を持つエエィも同じように繁殖する。
毒というのは、美味である場合が往々にある。人間にとっては臭く不快感を催す毒草でも、鳥や虫にはこれを好む種もある。ズク草をついばむ鳥は、ぴりりとした毒を味わってから、エエィの花や果実をつついて解毒する。自ら歩いて移動できないエイィは、果実を鳥に食わせて糞として落とさせる。そうして遠い場所へと運ばれていく。その土地では、同じく運ばれていったズク草のそばにエエィが芽を出すのだ。
(エエィの素晴らしいところは、全草が薬草として使えるところだ)
冷え性の改善にも効果的なので、葉はイシュガル用の温湿布に使ったのだが、残っている緑の丸い果実と茎葉と根で、量はじゅうぶん足りるだろう。
生命力の強い草だから、芽はつぶさないよう気をつけながら、根の深いものを掘り起こしてきた。
「というか、裏の畑でも育ててたけど……」
だからドルフが解毒薬を作れと言ったとき、クナは驚いたのだ。畑にその材料があるのに、どうして解毒もしないで森の中を歩いていたのかと。
さて、とクナは落ちてきた袖をまくり直す。
まずは葉の部分と違って硬い根や果実を鍋で煮て、蒸さねばならない。ここからは、時間との勝負である。







