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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第二部

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第59話.彼らの誤算



 時をほぼ同じくして。


 ウェスにひとつの薬屋『恵みの葉』では、アルミンと秘書、店主のウルと息子のアウルが向かい合って座っていた。

 薬屋内に客間のような場所はない。普段は従業員が休憩をとるために使われる小部屋だ。立派な身なりをしたアルミンはこの部屋には不釣り合いだったが、彼は押しかけた身だからと文句も言わなかった。


 店頭の売り子はウルの妻に任せてある。といっても昼過ぎとなるとポーションはほとんど売り切れだ。あとは点眼薬や風邪薬がぼちぼち売れるくらいである。店内は静かなものだった。


「アルミン様。また最果ての村の件ですか?」


 領主の跡継ぎが相手なので、ウルは普段よりかは丁寧な話し振りではあるが、その目には若いアルミンを侮る色が覗いている。


 それには理由があった。薬を調合する技術は貴重だ。特にポーション作りは素養がなければ、生業にできる者は限られている。

 最低限の条件として、水の魔法が使えること。そして継続して特定の対象に魔力を流し込んで、薬の回復能力を底上げできること。

 ひとつ目はともかく、難しいのは二つ目だ。たいていの術者は、釜に流し込む魔力量が不足するか、調整できないかで失敗する。力加減を間違えて鍋ごと爆発させたという例もある。笑う輩に試させれば、たいてい同じ光景を拝むことになる。


 ウェスでは五年前、唯一の薬屋を営んでいた老人が倒れた。そこに遠い町から噂を聞きつけてやって来たのがウルだ。

 新たに立派な木屋を建設し、『恵みの葉』を開業した。大病院の調合師としてあくせく働いていたウルだが、薬師は開業したほうがよっぽど儲かると知っていた。他に薬屋のない街に限っての話だが。

 引きつれてきた薬師は三人。高い給金を支払うことを約束して前の職場から引き抜いてきた。今では息子のアウルも立派に育ち、重要な戦力となっている。このまま研鑽を積めば、ウルを凌ぐ薬師となるだろう。


 だからこそ、自分を含めて五人もの薬師を抱えるウルには、アルミンという権力者が相手だからと、下手に出る理由がない。ウルたちに冷徹に扱われれば、困るのはアルミンのほうだ。高そうな服を着た男がこうして足繁く通ってくる姿を見れば、気分も良くなるというものだった。


「ええ。アコ村に五百の薬を救援物資として送りたいと思います。ぜひ『恵みの葉』にはお力を貸していただきたい」


 アルミンと秘書が頭を下げる。そのときだけは、ウルはにやにやと口元を緩ませている。


「頭をお上げください、次期領主殿。何もこちらも、断りたいわけではないんです」

「では……」

「ああ、しかし、解毒薬はともかくですよ。問題は初級ポーションです。そりゃあ飲むのは気楽でも、作るほうは大変苦労するんです。理解できる人は少ないんですが」

「もちろん分かっているつもりです」


 ウルは溜め息を吐きながら髭を撫でる。


「最低でも五日ほしい、と言いましたがね。あれは本当に、従業員を全員酷使した場合ですよ。初級ポーションは毎日、ひとり十五から二十本を作らせてます。それに十本を追加したら、合計して一日に三十本……こりゃあとんでもない量です。なぁ、アウル」


 水を向けられたアウルが顎を引く。無口な息子だが、今日は訊かれたことによく答えるようにと言い聞かせている。


「しかしあれだ。お前なら、どうだ。一日で四十はいけるか」


 アウルは開きかけた口を閉じた。苛立ちながらウルは「そうだよな」とアウルの肩を叩く。


「この通り、全員がアウルくらい出来が良けりゃあと思いますが、それは無理な話ってもんです」

「ご子息は薬師として優秀なんですね」


 アウルの優秀さは次期領主にも伝わったようだ。ウルはご満悦だった。


「ほら、たとえば、流れの薬師。先日、街で騒ぎを起こした女の薬師を知ってますか?」

「……クナさんのことでしょうか?」

「そうだ。そんな名前だった。詐欺のような真似を働いた女ですがね」


 あの日の出来事を思い返すと、ウルはうんざりとしてくる。

『死の森』に立ち入った若者が命を落とすのは、この街では日常茶飯事だ。だがあの日は違っていた。命からがら逃げ出してきた冒険者たちは、重傷を負いながらもまだ息があったのだ。


 ウルはいい迷惑だと思った。初級ポーションで治らないような傷をこしらえてこられても困る。森の中でくたばってくれたほうが助かるくらいだ。

 しかしクナという薬師は、彼らに手にしていた初級ポーションを頭からかけたかと思えば、見せつけるように中級ポーションまでその場で調合したのだ。


 あの出来事を、ウルは、手品か何かだと思っている。そうでなければ説明がつかない。中級ポーションなど、並の薬師に作れるものではないからだ。

 あるいは、冒険者たちと女の薬師は共犯だったのかもしれない。頭や服に血をかぶせて重傷の振りをして、それを観衆の前で治す。鮮やかな青い水は、青い野草や花を水で揉めば作り出せる。芝居としてはこれ以上ない名演だろう。

 そのせいで一時期、店の売り上げが落ちていた。名もない露店はやたら客足が多かったらしい。金のためならなんでもやるとは汚い女だと、ウルは呆れたものだった。


「あの女は、一日に六本の初級ポーションが作れるそうですよ。アウル、お前はガキの頃はどうだったかな」

「十年前……十五歳の頃に、七本は作れたと思います」


 やはり比べるべくもなく、アウルは優れている。


「ではアルミン様、少し考えさせてください。うちも忙しいもんでね。それだけ大口の依頼を、簡単には受けられません」

「もちろん依頼料にもその点を加味します」

「ええ。まぁ、もう少しお時間をいただければ」


 ウルは見送りに立ちながら、申し訳なさそうな顔を形作る。散々渋って値を釣り上げてやるつもりだった。ズクなど大した毒ではないのだから、ウルが迷う振りをする間に病人が増えればいいとさえ思っている。


 ――ここに、とある食い違いが生まれていることに、まだ誰も気がついていない。


 アルミンはポーションと解毒薬を作ってほしい、とクナに依頼していた。

 ポーションと一言で言えば、一般的に初級ポーションを指す。アルミンは初級ポーションを頼んだつもりになっていた。むしろ、中級ポーションのことは最初から頭になかったといえる。『恵みの葉』に所属する薬師にも、中級ポーションを作れる者はひとりも居ないのだから。


 しかしズク草の毒に弱った患者を想定したクナは、求められているのは《《中級ポーション》》だと解釈していた。解毒薬での回復力を底上げするためにあわせて飲むのだから、より効果のある中級ポーションが求められるのは当たり前のことだと思っていた。



 それゆえに――彼女が今このとき、二百五十もの中級ポーションを完成させているとは、誰も考えもしていなかったのだ。




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― 新着の感想 ―
[一言]  マデリとクナ以外の薬師って、こんなんしかいないのか? 薬師の少ない地方都市(?)だからか?
[良い点] 領主依頼の(=大抵は値引きなしのおいしい仕事の)500ものポーション製造をクナが一人で引き受けてしまっては パイの配分という意味で地元の薬師との軋轢が生まれないかと気になっていたんですが …
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