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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第二部

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第58話.大量ポーション



 遠くで鐘がカーン、と打ち鳴らされる。

 農夫たちにとっては、昼休みの終わりを告げる鐘の音だ。


「まずは中級ポーションからだな」


 手を肘まで洗い、よく洗浄すると、クナは背負いかごごと持ち込んだ薬草類を作業台の上に並べていく。

 中級ポーションの材料は、魔力水、薬草、キバナである。キバナは切らしていたが、森に入って新たにサフロの木を見つけるたび根元を掘り返して入手した。

 おかげで甘いサフロの実も、それなりの数を調達しているが……これについて使ってやる気はまったくない。


「味つけはお任せする、って言われたからね」


 クナは聖人ではなく、ただの薬師。怒りもすれば苛立ちも悲しみもする人間である。

 というわけで用意するのは本来の苦みのある味つけと、最後に《《いろいろ》》余計な野草を入れる、泥じみた味つけの二種類。アコ村の住人たちには、くじを引くような心持ちで飲んでほしいものだ。


 まずは乳鉢と乳棒を探し出す。おそらく、料理に香草などを入れる際に調理用具として使うのだろう。

 薬草とキバナの花をちぎってから、乳鉢の中に入れる。厨房には椅子がひとつもない。クナは床に座り込んで、あぐらをかいた足の間に乳鉢を挟む。こうしないと全体に等しく力が加わらないのだ。


(ごりごり、ごりごり……)


 小気味よい音が、しんとした厨房に何度も響く。窓の外から、風と草のにおいに乗って、小鳥の鳴き声がする。仲間と何か話しているようでしきりに囀る。それに反応したのか、ロイがむにゃむにゃと何か唸っている。なんだか人の寝言のようだ。


 できあがった粉末は別の器に移す。また薬草とキバナをすり潰すのを繰り返す。二百五十人分ともなると、目分量では頼りないが、足りなければまた追加すればいい。二の腕の内側が、少し張ったような感じがしたので、ときどき肩を回して疲れを取った。


 順調にごりごりを終えたクナは、屈み込んで広い作業台の下の棚を開ける。むわりと生ぬるい空気が頬に当たる。

 棚の中にはいくつか仕切りがあり、その隅に大鍋を見つけた。外で炊き出しに使うような大きさだ。苦労してずるずると引っ張り出して、台の上におく。ふうと溜め息を吐いてしまう。


「これ、いらないから別館に持ってきたんじゃ……」


 邪推したくなる程度には大きい。だが一度に三十人分くらいのポーションが作れそうだ。

 クナは大鍋を水場に持っていき、じゃばじゃばと洗う。使われた形跡のない鍋が、水に濡れてきらきらと光る。なんとなく喜んでいるようにも思える。

 ひっくり返して確認すると、鍋の底にはきっちりと魔法陣が刻まれている。炎魔法が補助されるので、これならば調合もはかどりそうだ。


 布巾で拭いてから竈に運ぶと、手のひらから魔力水を出して鍋の中に溜めていく。ちょうど八分目まで魔力水が溜まったところで、粉末状にした薬草類を入れる。炎魔法で火を熾し、木べらでぐるぐると回していく。沸騰しないように炎の威力は微調整して作業を進める。


 それにしても木べらが常より重く感じられる。単純に水量が多いから――というより、流し込む魔力の量が普段の三倍近いからだろう。

 しかし魔力切れの兆候はない。むしろ気分が良いくらいだった。余計な異音のない厨房は、故郷の薬屋にあった調合室を思い起こさせる。良い思い出ばかりではないが、クナは間違いなく、あの場所で薬を作る静かな時間が好きだった。


 満足いくまでかき混ぜると、クナは手の動きを止めた。

 粗熱を取ったら、瓶に移さないといけない。そう思ったところではたと気がつく。


「……そうだった。瓶がない」


 手持ちの瓶は十本以下だ。ポーション液ができても、容れ物がないといけない。

 今から雑貨屋まで向かうとなるとかなり面倒だ。諦めながら振り返ったところで、あれ、と首を傾げる。床にいくつもの木箱が並んでいた。というのも集中するクナは気がついていなかったが、アルミンの部下たちが何人も厨房にやって来ては、床にこっそりと木箱をおいていったのだ。


 クナの手間にならないよう配慮してくれたのだろう。縦に積み上げるのではなく、床一面にきっちりと並べられている。

 誰に聞いたのだろうか、瓶の蓋はすべてが黄色かった。クナはそれを見てわずかに口角を上げると、木箱ごと持ち上げる。


 いずれアコ村に向かう救援隊が、なんと言ってこの薬を住人たちに配布するのかは分からない。

 けれど全員が、まだ覚えているだろう。外れポーションと呼ばれる薬が、必ず黄色蓋の瓶に詰め込まれていたことを。




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