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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第二部

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第56話.領主からの依頼



(領主たちは、アコ村に人を送り込んで監視していた?)


 役人が役人と名乗らずに、身分を偽ってひとつの村に出向く。それはなんとも奇妙なことだとクナには思える。

 村側に税の申告漏れや隠しがあったのならば、真っ向から糾弾できる立場である。証拠を掴むにしても、たったひとりの人員を数日間だけ送ったところで、成果が上がるとは思えない。現に何か不正が発覚して困ったなどと、クナは村で一度も聞いたことはなかった。


 それに――クナがアコ村の住人と知っていながら、男がこの場で何も言わないということが、ますます不審に思える。


(どうして、そんなことをする必要があるんだろう)


「……アコ村には洞窟があります」


 急に何を言い出したのかと、三人がクナを見やる。


「昔は食料の保存庫として使っていたと、聞いたことがあります。そこで村長は村人に体罰を与えていました」


 アルミンは目を見開いたかと思うと、クナが驚くほどはっきりと顔をしかめた。


「村長が領主の許可なく、不当に村民を拘束して傷つけることは禁じられています。刑罰の内容については、裁判集会で決められるべきですから。その件は私のほうから村長に問い合わせましょう」

「分かりました」


 アルミンの言葉は真摯だったが、ますますクナは違和感を覚える。

 領主にとって真に重要なのは、支配下にある農村から毎年の税を徴収することである。言い換えると、貢祖にさえ問題なければ、いちいち農村の事情に深入りしない。

 村長はロイに毒を盛ったとして、クナを鞭打ちすることを村の若い衆に命じたが、村に一定の自治が認められているから、ああいうことが起こりうる。村側も領主の介入を忌避して、村民集会を立ち上げて定期的に話し合うことからも、両者の関係性が窺える。


 それなのにアルミンは、クナが提供した情報に強い関心を覚えたようだった。今もその瞳には、嫌悪感がにじんでいるように見える。

 リュカも意外に思ったのか、アルミンに視線を向けている。一抹の正義感だけで、領主の跡継ぎが感情を露わにするのは、やはり不自然なのだ。


(監視の理由は、税の問題じゃないのかも)


 ひとつ気になることがあると、どうしても深く考え出してしまう。

 クナは一度、頭を切り替えることにした。まだ、アルミンの話は本題に入っていない。彼がこの状況下でクナに話しかけた理由は、義務感からではないはずだ。


「それで、何か私にお話が?」

「ええ。クナさんには、解毒薬とポーションを準備してもらいたいのです。これは父……領主からの正式な依頼と捉えていただいて問題ありません」


 ひとつの村が毒で壊滅状態など、領主にとってはゆゆしき事態である。

 彼らが動くのは当然のことだろう。だが、クナに持ちかけてくるのは意外ではあった。ウェスには、すでに薬屋があるのだから。


「『恵みの葉』には依頼しないんですか?」

「声はかけましたが、二百人分と、予備に五十……二百五十人分の解毒薬とポーションとなると、店を閉じられないし、最低でも準備に五日はかかると言われました。そこであなたと薬屋で、それぞれ数を分担してもらいたい。クナさんがいくつか受け持ってくだされば、日数が短縮できるかもしれません」


 長い期間、病人を放置し続けるというのはなるべく避けたい事態だろう。しかし、それにしても重要な問題が残っている。


「テン街道は落石で塞がっていると聞きましたが」


 クナが指摘したのは根本的な問題だ。

 ウェスからアコ村につながる道は二つ。テン街道か『死の森』かしかない。

 二百五十人分の薬や物資を携えて森を越えるなど、森に慣れたクナにも不可能な芸当だ。無理に救助隊を組んだとして、何十人が犠牲になるか分からない。

 自分の息子が森に入った際も、救助や捜索を禁じたという領主である。人としては冷酷かもしれないが、その判断は理性的で現実的だ。


「クナさんのおっしゃる通りです」


 無論、クナよりよっぽど現状を把握しているだろうアルミンが、悔しげに肯定する。


「その件は改めて王都に依頼を送っています。落石を動かすか破壊するか……強力な魔法の使える魔術師に依頼しているので、数日中に返事があるかと」


 落石がどうにかできると信じて、まずは薬を確保しておきたいということらしい。

 そこまで聞いたクナは、黙って話を聞いていたリュカに訊ねた。


「リュカ。今日の待ち合わせはいつ?」

「夕の鐘が鳴る頃を予定してるが。また今度にしないとな」


 クナが薬の調合を行うならば、日を改めると言う。

 しかしクナは「大丈夫」と首を振る。どういう意味かと、リュカが目をしばたたかせる中、クナはアルミンに向き直る。


 クナにとってのアコ村は、八年前に逝ってしまったマデリとの思い出だけが、枯れ草のように残る土地だ。村での生活は、クナにとって苦痛だった。村人たちに馬鹿にされ、無能の薬師だと罵られて、挙げ句の果てに冤罪を被せられて追放された。村民たちは、クナをいらないものとして追い出したのだ。


 だが、これはウェスの領主からの依頼だ。依頼されて納品した品が何に使われようと、クナの知ったことではない。だから話を聞いたあと、断ろうという気は起きなかった。生活の一助となる依頼は、当然受けるべきだ。


「ご依頼の品は解毒薬とポーションですよね」

「え、ええ。そうです、二百五十人分ですので、五百の薬を……」


 アルミンは、こう続けようとした。

 クナに担当してもらうのは、二十か三十ほどのポーションでじゅうぶんだと。

 何人もお抱えの薬師を擁する『恵みの葉』とは違う。それ以上はさすがにひとりの薬師には酷だろうと、正確に理解していたからだ。


 しかしクナは、淡々と言う。



「ではその五百の薬、今日の夕方までに私が用意します」




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