第42話.二人で朝ごはん2
山羊チーズのお礼として、クナはリュカの分の料理も担当することにした。野草のサラダも分けてやる。チーズの存在を思えば、クナの心は広くなる。
二人と一匹分の半熟目玉焼きベーコンができあがれば、白パンの表面にバターをまんべんなく塗り、炎魔法で軽く炙る。
白パンがほどよく焦げたところに、鍋をとんとんと振って目玉焼きを落とすと、同じく魔法で器用にチーズを炙っていたリュカが、その上に蕩けるチーズをふんだんにかけた。
黄金色のチーズの表面がとろりと溶けている。独特の香りに、クナはごくりと喉を鳴らした。
(これ、すごいかも)
「めちゃくちゃうまそうだな」
声に出したか、そうでないかの違いはあるが、考えることはまったく同じである。
大地と天の恵みに手短に感謝を捧げて、クナとリュカ、それに床のロイは皿へと手をつける。クナは両手で握った白パンの端っこにかぶりついた。
ざくっ、と歯を立てたパンの表面が、小気味よい音を立てる。クナは恍惚と目を細めた。
「……ん、おいしい!」
溶けたチーズ、それにかりかりに焼かれたベーコンが、噛めば噛むほど堪らない食感と旨味を生み出すのだ。
「だよな。オレも野営のときにたまに持ってくんだが、チーズがあるとないとじゃ次の日の気合いが違ってくる。炎魔法でもいいが、木の棒にくくりつけてさ、焚き火で炙って食べるとますます濃厚でおいしいんだよ」
「それ……おいしそう」
想像するだけでクナは涎を垂らしそうになった。
それからも元気よくパンを頬張る。すると、真正面から視線を感じた。
顔を上げると、リュカがこちらをじっと見つめている。
「なに?」
「……ごめん。笑ってる顔、かわいいなと思って」
リュカが照れくさげに目を逸らす。
クナはきょとんとしてしまった。自分は今、笑っていたのだろうか。いや、それよりも――。
(……かわいい? 私が?)
そんなことは、今まで一度も言われたことがない。
アコ村に住んでいたとき、ドルフやシャリーンをはじめとして、村人たちからはいつも不美人だと罵られてきた。不細工のくせに愛想もないのだと、うんざりされたものだ。
クナも、自分の見た目が他人から好かれるものだとは思っていない。樹液をかぶったような重い黒髪も、冷たい橙色の瞳も、人に悪い印象を与えるようだから。
戸惑ったクナは、言葉を返さず、ひたすら白パンを頬張る。向かいに座るリュカは何やら落ち着かない様子で、クナよりずっとはやく平らげてしまった。
「きゃんっ」
鳴き声がして、足元を見ると、ロイが円を描くように歩いていた。
真ん中には空っぽの皿がある。どうやらおかわりを要求しているようだが、そんな気の利いたものはない。クナが首を振ると、ロイは早足で食堂を出て行った。他の宿泊客に食べ物をねだるのかもしれない。
サラダを食べ、食後の牛の乳を飲み終わると、しばらくしてリュカが立ち上がった。クナの分の皿もまとめて水場に持っていき洗い出す。
「……ありがとう」
「おう」
クナの小さな感謝の声に、明るい返事が返ってくる。水切りに皿を傾けるリュカは振り向きはしなかったが、彼は笑っているのだろうと、その声音だけで分かるくらいだった。
取り出した手巾できっちりと手を拭いたリュカが、再び椅子に腰かける。
「昨日も簡単に話したけど、もう一度、母さんのことを伝えてもいいか?」
クナが頷くと、リュカが話し出した。
――リュカの母親は、両目を失明しているという。
自覚症状があったのは九月ほど前からで、最初は朝起きたら少し目が見えにくい程度だったそうだが、それが次第に悪化していった。
視界が鎖されてからは、部屋を出るのもおそれるようになり、近頃は出歩くこともせずに塞ぎ込んでいるそうだ。
(両目の失明か)
しかし一言で言われても、クナは医者ではない。すぐに解決策が思いついたりはしない。
やはりまずは、本人の容態を見て、話を聞いてからでないと糸口は見つかりそうになかった。
「今日ももちろん家に居る。クナのことは薬師だって伝えてあるから」
「分かった」
話が終わったところに、口にソーセージのようなものを咥えたロイがご機嫌で戻ってきたのだった。







