第41話.二人で朝ごはん1
気が早すぎるリュカと共に、クナはパン屋『ココット』へと足を運ぶ。リュカは待っているのも暇だとついてきたのだ。
朝の湯浴みのあと、いつもクナはこの店にパンを買いに来る。前掛けをした中年女――イネブが、中腰でパンを商品棚に並べながら、こちらを見てにっかりと笑う。
「嬢ちゃん、いらっしゃい」
「おはようございます」
イネブは、クナの後ろに気がついて目を丸くする。
「おやまぁ、リュカじゃないの。寝ぼすけのくせに、よく起きてるねぇ」
「おばちゃん、やめてくれ。オレが朝弱いのがクナにばれるだろ」
渋い顔を作るリュカに、イネブがあははと笑う。
二人は知り合いのようだが、クナは驚かなかった。まるで領主か何かのように、リュカは人々に顔を知られている。必然的に、彼を助けたクナの評判も上々になっている。
木のトングを、クナはかちりと鳴らす。値踏みするように商品棚の間を歩くクナの後ろを、ロイがうろちょろしながらついてくる。
干し肉にしていた魔猪肉は、すでに切れてしまった。今日は四角い形に切られた白パンをトレーに載せる。アコ村にはなかったような変わった形のパンが、ウェスではたくさん売られていて、毎日買う商品を変えても制覇するには時間がかかりそうだ。
それと一緒に、薄切りベーコンと、ころころとした鶏卵も二つ買う。今朝、養鶏農家から仕入れたという新鮮な卵だ。今朝は手間のかからない朝食で済ませるつもりだった。
クナがカウンターに商品をおくと、そこでイネブが溜め息を吐いた。
「あんた、これくらい払っておやりよ」
暗にリュカが甲斐性なしだと言いたいらしい。
二人の関係を、イネブは誤解しているのかもしれない。クナが口を挟む前に、リュカが首を振る。
「クナ、そういうの喜ばないと思うから。オレはオレにできる方法で、クナに恩を返していくよ」
クナは目を見開く。
出会って間もないのに、リュカはクナの考え方をよく理解している。
否、きっと、理解しようと努めている。それはリュカが、クナをひとりの人間として尊重しているからだ。
(そもそも、お金はもうもらったけど)
料金を支払ってもらった以上、返してもらう恩など残っていないと思うクナである。
「ありゃ。これは余計なことを言っちゃったね」
「でも恩は増えるばかりなんだ。おばちゃんにも今後、意見を聞かせてもらうかも」
クナは二人のやり取りを聞くとはなしに聞きながら、カウンターに硬貨をおいた。
二人で宿屋に戻る。思った通り、リュカは亭主とも顔見知りだった。宿泊客ではないが食堂に入りたいと伝えると、仕方ないの一言であっさりと許される。クナにはない人脈というものを、リュカは手足のように使いこなしている。しかも自覚がないからこそ、彼の場合はうまくいくのだと思われた。
薄暗い宿屋の廊下を歩き、名ばかりの食堂に着くと、クナはさっそく調理場で食事の準備に取り掛かる。
竈に炎魔法で火を熾す。鍋は調理場で借りられるが、森で拾ったこれを、クナは存外気に入っている。
炎を弱火に調整していると、肩の後ろからリュカが覗き込んできた。
「それ、良い鍋だな」
「でしょ」
クナは気をよくした。だが、頷くリュカのほうがやたら誇らしげだ。
「ああ。鍋も嬉しそうにしてる!」
この男、鍋の感情まで読み取れるのだろうか。
クナは末恐ろしいものを感じつつ、あたたまった鍋に薄焼きベーコンを敷き詰める。
ベーコンから勢いよく溶け出た脂のにおいが、一気に調理場に広がる。クナの口の中にだらりと涎が溜まった。
鶏卵を片手で割り入れ、立て続けに二つ落とす。黄身を抱えた卵が、桃色のベーコンの上に広がる。白身の焦げる音が小気味よい。
クナはカップにわずかに入れた水を鍋の中にこぼして、立ち上がる湯気ごと落とし蓋をした。じゅわり、という音が耳に入り込んで踊る。拾った鍋に蓋はついていないので、蓋だけは調理場のものを借りている。
後ろで見ていたリュカが、ごくりと唾を呑む音が聞こえたかと思えば。
「……オレ、もう一度パン屋に行ってくる!」
何やら強い決意を秘めた目で駆け出したリュカを、クナは無言で見送る。
しばらくは黙って待つ時間だ。その間に荷物から、クナは食用の野草と果実を取り出した。軽く水洗いをし、清潔な布巾で水気を取る。どちらも生で食べられるので、別の皿に盛りつける。
盛りつけができたところで鍋の蓋をとりあげると、黄身が桃色に変わりつつある絶妙な瞬間である。
火を消して皿に移し、ぱっぱと塩と刻んだ香草を振りかければ、半熟目玉焼きベーコンのできあがりだ。
「お待たせ!」
クナが振り返ると、早くも戻ってきたリュカが紙袋の中身をテーブルに出した。
彼は朝食を抜いていたようだが、クナが調理するところを見て、食欲が湧いたのだろう。思った通りの白パン、薄切りベーコン、鶏卵、の次にリュカが袋から取り出したのは、山羊のチーズだった。
「これ、クナも使ってくれ」
その一言に、クナは思わず目を輝かせた。







