第38話.繁盛する露店
「……えっ。今日の分のポーション、もう売り切れちゃったのか?」
その翌日のこと。
今日も今日とて、敷物を広げて商売に励んでいたクナは、呆けたような声を聞いて顔を上げた。
目の前に息を切らして屈んでいるのは、黄金に近い茶色の髪に、青い双眸を持つ青年である。名前はリュカ。無鉄砲で馬鹿で、超がつくほど素直でお人好しな人物だ。
黙っていれば、女のほうからふらふらと寄っていきそうなほど整った見目をしている。しかしリュカは快活によく喋る。いざ口を開くと少年のように無邪気に、脳天気に話すのだ。
「売れた」
「おお! すごいなクナ!」
落胆されるかと思いきや、なぜかリュカは我が事のように喜んでいる。
「でも、そうだよな。クナのポーションはすごいもんな。みんな買いたくなるのも当たり前だ」
うんうん、と勝手に納得して何度も頷いているリュカ。
こういうとき、クナはどういう顔をしたものか分からない。笑顔でも作れば可愛げがあるのかもしれないが、愛想を振るのは何よりクナが不得意とすることだ。
結局、淡々と返すしかない。
「今から追加分を作ってくる」
「本当か。ぜひ買いたい!」
「……リュカ、今日は外に出ないんでしょ?」
リュカは、悪戯がばれた子どものような顔をする。
「なんで知ってるんだ?」
「ナディの予想」
薬屋前での一件は、昨日のうちに街中に知れ渡っていた。
中級ポーションをその場で調合し、四人もの冒険者の大怪我を治療した薬師と聞いて、ナディはもしかしてと思ったらしい。冒険者組合の前を通りかかったところを呼び止められたのだ。
そのとき、ナディが口にしていた。一日我慢しただけでも僥倖だが、きっと翌日にはリュカは冒険をさぼってクナのもとに顔を見せるだろうと。彼女の予感は、見事に当たったわけである。
仲間であるセスやガオンは、きっとリュカに呆れてとっくに街の外に出ているのだろう。ひとりきりのリュカは、ばつが悪そうに頭をかいている。
「まぁ、外には出ないけどよ、オレは三度の飯よりポーションが好きなんだ」
馬鹿舌なのだろうか。
ロイが哀れむような目を向けているが、リュカは何を勘違いしたのか、その頭を撫でている。雑なように見えて、けっこう優しい手つきだ。ロイの尻尾がぶんぶんと揺れる。
「それにクナのポーションはおいしかった。甘くて舌触りも良かった」
どうやら、森の中で飲まされたポーションの味を本当に記憶しているらしい。
確かに、リュカに飲ませたポーションには、材料になる魔力水と薬草類だけでなく、サフロの実の水分を入れていた。サフロの実を入れると、苦味はかなりましになる。
菓子に焦がれるような顔つきをしているリュカに、クナはきっぱりと言う。
「言っとくけど、もうキバナもサフロの実もないから」
というより、実は、ポーションに使う薬草自体が足りなくなってきた。
数日前のクナは、まさかこんなことになろうとは夢にも思わなかった。クナの調合したポーションが、数秒で完売する日が来るだなんて。
今朝は、クナが露店を開く前にすでに人だかりができていた。
その時点でクナは目を白黒とさせたのだが、ポーションを並べる前に飛ぶように売れていったときは、驚いて口が塞がらなくなってしまった。
訊かれるたび、明日からは同じ場所で露店を開くかは分からないと告げると、総じてがっかりした顔をする。また店を出してくれれば、必ず買いに来るからと言われる。途中からは夢を見ているのでは、と疑ったが、頬を引っ張っても夢の靄は晴れていかなかった。
しみじみと、クナは思う。
「ここの住人は、義理堅い人たちばかりだね」
「……ん? どういうことだ?」
だって、とクナは続ける。
「みんなリュカを治してくれてありがとう、って言ってくる。私に気を使って、ついでにポーションも買ってくれる。こっちとしては、ありがたい話だけどね」
そうでなければ、街に根差す薬屋で同じ値段のポーションが売られているのに、わざわざ露店のものを買ったりはしない。
「いや、それは逆……」
だが、こんなことは長く続かない。
今のところ苦情らしき苦情はないものの、ここで調子に乗れば、すぐに閑古鳥の鳴き声を聞く羽目になるだろう。
(がんばってお金を稼いで、早く道具も揃えたいし)
そう、もう少し貯金ができたら、調合道具一式を揃える予定なのだ。今からその日が待ち遠しくて、クナは街中の道具屋を巡っていた。
ウェスには三つもの道具屋があるが、目星はつけてある。店の隣に工房を構えた道具屋は特に良い職人を抱えているようで、試しに使ってみたところ、そこの品がいっとう気に入ったのだ。高い買い物になるが、毎日使い続けるものだから、妥協をせずに道具は選びたい。
「……あ、そうだった」
乳棒を握った手触りや乳鉢の理想的な角度を思い出してうっとりしていたクナは、重要なことを思い出した。
リュカに向かって手を出す。
「リュカ、二千五百ニェカ」
「おう!……って、本当にそんなんでいいのか?」
いいも何も、適正価格だ。
まだリュカは躊躇っていたが、お金を受け取ったクナが満足そうにしているのを見て、仕方なさそうに微笑んだ。
「欲の少ない薬師だな」
「欲の多い薬師も、いやでしょ」
「それは、確かに」
そうして二人が話すところに、年端もいかぬ少年が駆け寄ってくる。
歯が欠けているので、クナは覚えている。昨日ポーションを買った客が連れていた子どもだ。
「聖女の姉ちゃん、瓶持ってきたぞ!」
「はい、どうも」
空になった瓶を受け取ったクナは、泥だらけの手の平に十ニェカをおいてやる。
「またおいで」
「うん!」
リュカはきょとんとしている。何が起こったのか、よく分からない様子だ。







