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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部

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第30話.無自覚な薬師



 胸に手を当てた、敬意を示す正式な礼をして、クナは丁寧に頭を下げた。


「……ナディ、さん。ありがとう」

「どういたしまして。それと、ナディでいいわ。冒険者はみんなそう呼ぶから。その代わり、私もクナって呼んでいい?」


 顔を上げたクナがおずおずと頷くと、ナディが嬉しげに目元を和ませる。


「それでクナ。どうする? 十万ニェカは受け取る?」


 考えるまでもなく、クナは首を横に振る。

 リュカと一緒にその場に置いてきた十万ニェカ。惜しいという気持ちがないでもないが――。


「お金は必要だけど、不当な請求をするのは薬師じゃないから」


 中級ポーション三本の報酬として、十万ニェカなんて大金を受け取れない。

 それがまかり通るなら、薬師ではなく詐欺師だ。マデリはそんなことのために、薬草の知識を授けてくれたわけではないし、そしてクナは、薬師以外の職を目指そうとは思わない。


「でも人の命を救ったわけだし、安いお礼なんじゃないかしら?」

「それはただの結果だから」


 クナは調合した中級ポーションを売っただけなのだ。


「受け取るとしても、二千百ニェカ……」


 言いかけて、クナは思いとどまる。

 そうだった。あの青年――リュカには、サフロの実をひとつ分け与えてやったのだ。


(まぁ、マントを破いて使わせてもらったし、塩も勝手にもらったけど……)


 そちらについては誰にも気がつかれていないようだし、触れないでおこうとクナは思う。言わないほうがいいことも、世の中にはあるのだ。


「二千五百ニェカはもらいたいけど」

「クナがそう言うなら、あたしが口出しすることじゃないわね」


 頷くナディは相変わらず、クナには何も聞いてこない。

 急に泣き出したから、何か事情があると悟っているはずなのに、無理やり聞き出す気は欠片もないようだ。

 そんな人物だからこそ、クナが身の上話を語れば、きっと真剣に耳を傾けてくれるのだろう。そう自然と思えたが、クナは自分のことを話す気にはなれなかった。


(それに犬に毒を盛って、村を追い出された薬師なんて)


 シャリーンに嵌められたとはいっても、それをナディが信じてくれるかは別の話だ。信じたとして、疑いが残ることもある。ウェスで生きていくには、過去は隠しておいたほうがいい。

 沈黙をきらって、クナは口を開いた。


「そういえば、あのば――リュカって人は、どうして森に?」

「ああ、あの馬鹿ね」


 クナは一応、言い直したというのに、ナディはあっさりとその単語を口にする。

 しかしそのあとは、少し言いにくそうに続けた。


「……母君が目を患ってしまってね。『死の森』に生えると言い伝えられる、万病に効く幻の薬草をひとりで探しに行ったんだけど……」

「幻の薬草?」


 興味を引かれたクナは目を光らせたが、肩を落としているナディは気がつかなかったらしい。


「重い病気で、隣町の高名な医者にも匙を投げられたそうなの。クナにも何か言ってくるかもしれないけど、気にしないでいいからね」


 言い回しからして、リュカがクナを頼る可能性を考慮しているようだ。

 だが、クナは冷静に考える。有名な医者さえ治せなかった病気を、クナが治療できるはずもない。

 リュカはクナのポーションを高く評価してくれたようだが、自分の実力を過信するつもりはない。この数年、クナの調合した初級ポーションは外れと呼ばれてきた。たった一度の成功で調子に乗らないようにと、クナは気を引き締める。


「私、中級ポーションを作ったのもあれが初めてだったんだ。あのときは奇跡的にうまくいったけど、次はそうはいかないと思う」

「そうなのね。そんな貴重なポーションで、リュカを助けてくれてありがとう」


 また目を見てお礼を言われてしまえば、クナは面映ゆくなる。


 にっこりとするナディは、クナの言葉をあっさりと信じていた。

 というのもナディはリュカを見舞ったが、その頃には彼は身ぎれいに調えられていて、すやすやと健やかに寝息を立てていたからだ。大怪我を負ったというのも、結局セスがかなり大袈裟に話を盛ったのだろうと納得していた。


 しかし、もしこの場にセスかガオン、それかリュカ本人が居たなら、大きく首を横に振っていたことだろう。

 クナが初めて作った中級ポーションは、《《上級ポーションに匹敵する》》。そこまでの代物は、奇跡などでは容易く生み出せない。実力と経験に裏打ちされた結果だと、冒険者として死と隣り合わせの生活を送る彼らならば気がついたはずだ。


「そういえばクナは、露店を出すことにしたのね」

「うん。明日と明後日も同じ場所で」

「いいと思うわ。ポーションは買い手の立場を守るために一定の金額でしか買い取れないし、ギルドの場合は手数料を差し引いちゃうから。実はあんまりポーションを売るのはおすすめしてないの」


 職員でありながらあっけらかんと言い放つナディに、クナは小さく笑ってしまう。

 笑顔に気がついたナディは、クナの肩を優しく叩いた。


「今日は午後から仕事だから、ギルドでも宣伝しておくわね」

「……ありがとう」

「いえいえ。たくさん売れるようあたしも祈ってるわ」


 その言葉には、クナも大いに頷いてしまう。


(明日こそは、ポーション売れるといいんだけど)


 そう、しみじみと思う。

 そのときのクナは――もちろんナディも、翌日どんな騒ぎが起こるかなど、想像だにしていないのだった。




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