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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部

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第16話.ウェスに到着



 次の日も、早朝からクナは森の中を歩いていた。


 案内するように、迷いない足取りで進む銀狼のロイについていく。

 幸い、昨日のように魔猪に出会すことはない。肉は美味いが、クナも連戦は遠慮したいところだ。昨夜の間に木のうろで乾かした干し肉が手持ちにあるし、無理に戦おうとも思えない。


「あっ。また薬草」


 クナが声を上げると、ロイが長い足をぴたりと止める。

 クナが薬草を採取する間、ロイは近くを警戒するようにうろうろと見て回る。心強い味方だ。ご褒美として、昼に干し肉を分けてやろうとクナは思う。


 それに、気になることもある。


「ロイ、珍しい素材がある場所が分かるの?」


 素材だけではない。昨日、茸の群生地を見つけたのもロイのおかげだった。

 ロイは答えなかったけれど、振り返る瞳は、肯定を示しているようだった。


 歩を進める間に、木々の数が少しずつまばらになっていく。

 魔獣ではない、小鳥が囀る声がする。むわっと噎せ返るような草の香りが、少しずつ薄らいでいくのをクナは感じた。


 ふいに確信する。これは、合図ではないか。人の住む場所が近づいているという、その合図――。


 がさり、と羊歯をかき分けたクナは、ゆっくりと目を細める。

 汗ばんだ髪の毛の間を、爽やかな風が通り抜ける。まるでクナを、歓迎するように。


 一気に景色が開ける。


「……ウェスだ」


 森から見下ろすウェスは、美しく広大な街だった。


 円形の高い塀に囲われる中、煉瓦造りの丈夫そうな家々が、通りに沿って所狭しと建ち並んでいる。街中には、至るところに水路が走っていた。

 路面は整備されていて、きっちりと石畳が敷かれている。その上を、子どもたちが笑い声を上げて駆けていた。


 街の中心にある十字路を起点として、街は四つの区画に分かれているようだ。

 視力の優れたクナは、木によりかかり、遠目にその様子を観察する。


 東側は、商業区画のようで、雑多な店が並んでいる。行き交う人も、最も多い。その数だけでアコ村の住人数を超えているだろう。

 西側は、街灯の数も多く、やたらときらびやかだから、貴族か、あるいは金持ちの家が多いのかもしれない。

 南側は、森に面しており、平民や農民の家が多そうだ。畑に実る野菜の色合いは、アコ村で育つものよりよっぽど鮮やかだった。

 北側は、大衆食堂や居酒屋、それに宿場町になっているようだ。時間帯によるのか、ここは閑散としている。


 それぞれ大きな門があり、クナの居る南側の門の前には、二人の門衛が立っている。

 ずいぶんと暇そうなのは、『死の森』に向かう冒険者も、さらにその逆も少ないからだろう。その近くに数人の姿があるが、森に入るわけではないようだ。


 そして北側の、遠くに見える大きな建物は領主の家だろうか。

 広大な庭には噴水まである。温かみのある赤い屋根が目立つ、かなり立派な屋敷だ。


 森を隔てた向こう側にあるアコ村には、煉瓦造りの家はひとつしかなかった。


「村長の家とは、ぜんぜん違う……」


 村長宅の玄関の柱には、アコ村にひとつしかない魔法道具でできたランプが、自慢げに括りつけられていた。

 しかし屋敷の周りには、何十という数では下らない街灯が並んでいる。あの小さな家では、領主が住むらしい屋敷とは比べるべくもないのだ。

 ウェスは、アコ村よりずっと豊かな街のようだった。


(本当にウェスに、着いたんだ)


 ほぅ、とクナは息を吐き出す。

 無事に『死の森』をくぐり抜けた実感は薄い。こんな日が来るなんて、追放されるまで考えてもいなかったのだ。


(私はアコ村で死んでいくんだと思っていた)


 あの小さな村で。けれど師であるマデリとの思い出が詰まった家で、毎日薬を調合して、老いていくのだと想像していた。

 だが、もうクナはアコ村に帰れない。帰るつもりもない。


 眼下のウェスを、しかと見つめる。


 踏み出そうとしたクナは、そこでふと思い出した。

 隣に立つロイを、じぃっと見る。


「さすがに、街には一緒に行けないね」


 ロイとは数日間を共に過ごしてきた。

 名前までつけたのだ。少なからず愛着はある。だが図体のでかい狼だ。魔獣が侵入してきたと驚く人も居るだろうし、誤って攻撃されるかもしれない。

 クナが最も恐れているのは、クナが魔獣を引きつれてきた張本人だと勘違いされることだ。


「私が飼い主だって誤解されると、困るしな」


 つまり置いていきたいな、と思っているクナだ。

 そんな心の声まで聞こえたのか、ロイは全身を硬直させると、くるくるとその場を大きく回り出した。


(お?)


 小便かと距離を取るクナだが、違った。

 くるくると回る間に、なんだか、ロイの身体が朧げに見えていく。しかも少しずつ、縮んでいっているような……。


(おお?)


 ぱち、ぱちぱち、とクナが目を瞬く間に。

 銀色の狼はあっという間に、銀毛の犬になっていた。


 目は大きく、ぱっちりと開いた金色の瞳が印象的だ。

 顔立ちも、なんだか全体的に丸くなっている。細く整っていた精悍な面立ちが、ぺちゃんとした餅に変わったかのようだ。どことなく、死んだロイに似ている気もする。


「すごい。子犬になった」


 しかも「キャン」とそれっぽく鳴いた。おおー、とクナは感嘆してしまう。

『死の森』に出る魔獣のことはそれなりに知っているが、この銀狼についてはよく分からない。


 今日、分からないことがさらに増えたが、細かいことをクナは気にしないことにする。

 大事なのは、可愛らしい子犬であれば、連れていても咎められないだろうということだ。


「じゃあ行くよ、ロイ」

「きゃんっ」


 背負いカゴを揺すりあげたクナは、小さくなったロイを連れて麓へと下りていった。





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― 新着の感想 ―
おおー、と私も感嘆してしまう。
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