第15話.クナを追い出した薬屋2
クナはドルフに、欠片ほどの興味も抱いていない。
それに気がついたときは、腸が煮えくり返るような思いがしたが――やがて、ドルフはその事実を利用することを思いついた。
喪が明けて、クナの作ったポーションを店に出すことを伝えると、露骨に表情に出しはしなかったが喜んでいた。まだ七歳のクナの調合品を店には出せないと、マデリは販売を許可していなかったのだ。
クナのポーションは黄色蓋、ドルフの作ったポーションは青色の蓋をつけて、一目で見分けがつくようにする。
疑いもなく頷いたクナは、ポーション作りに専念するようになった。マデリを喪失した悲しみを、忙しい日々を送ることで埋めているようだった。
一生懸命に調合したポーションを商品棚に並べるクナ。
そんなクナに、薬草畑と野菜畑の世話もするようにとドルフは命じる。慌ててクナは裏口から出て行く。
ドルフのやったことは簡単だ。クナが居ない間に、青い蓋と黄色い蓋を手早く付け替えていくだけ。初日は緊張して何度も手が滑りそうになったが、どうにかしてやり遂げた。
――ドルフは、誰よりもよく知っていた。
クナの優秀さ。彼女の足元にも及ばない自分の実力を。
自分でも不思議なもので、何度も蓋を取り替えるのを繰り返していると、まるで自分が立派に仕事を果たしているような、そんな気持ちになっていく。
クナのポーションとまったく見分けがつかない色合いの液体を完成させると、叫びたいほどの喜びを得た。努力が実を結んだと、心からそう思った。
クナは村人に非難されるたびに、おかしいと何度となく感じていたはずだ。
だが薬師として生真面目――もっと言えば馬鹿がつくほど真面目なクナは、自分の調合に原因があるのだと結論づけていた。
棚に仕舞えば、それは売り物だ。商品に不純物が混入しないよう、蓋を閉めたポーションをクナが自ら開けることはなかったのだ。
幸い、鑑定などの珍しい技能がクナや村の人間にないのもドルフに味方した。ドルフのやったことは数年の間、誰にもばれなかった。
そしてシャリーンや村人たちはドルフに騙されているとも知らず、口を揃えてドルフをすばらしい薬師だと讃えて、クナを非難した。その声を耳にするたびに、ドルフは本当に自らが優れた人間のように錯覚していった。
思い込みの力はどんどん強くなる。家では何度もドルフはクナを罵倒した。
いっとう堪らないのが、クナに無理やりお礼を言わせるときだ。歯噛みしながら、ドルフへの感謝を口にするクナを見下ろしていると、途方もない優越感が湧き上がる。シャリーンを抱いているときよりよっぽど強い快楽に、ドルフは溺れていった。
だが、その結果――、
「……うっ!」
魔力を流し、調合釜をかき回していたドルフは、喉元を押さえた。
小刻みに手の先が震えて、木べらを持っていられなくなる。
「うっ、おええ……!!」
――魔力切れだ。
ぐつぐつと気泡が浮かぶポーション液の中に木べらが落ちる。ドルフはその場に蹲った。
目に涙がにじむ。苦しい。吐き気がする。気持ち悪い。空っぽの胃の中身を吐いてしまいたい。
でも――嘔吐すれば片づけが面倒だ。もうクナは居ない。いくらシャリーンに頼み込んでも人の吐瀉物を片づけはしないだろう。自分で片づけるなどと惨めな真似は、それこそ考えられない。
「うっ、うぐ、うぅ……!」
喉に込み上げてきた胃液を、ドルフは無理やり飲み込んだ。
クナが居なくなった以上、ドルフは自分でポーションを作らなければならない。以前は井戸の水に薬草と色づけの花を使い、それっぽい色に仕立てていたが、今となっては、どうにかしてそれらしいポーションを調合する必要があった。
だが結果的に、昨日もドルフは魔力切れの苦しみを味わった。店を開けるどころでなく眠ったのはそのためだ。一晩寝たところで回復にはほど遠かったが。
「明日、から、しばらく病気の振りをしよう……」
少しくらい怪しまれても致し方ない。
クナが稼いだ金があるのだ、すぐに飢え死ぬことはない。いざとなればシャリーンを頼る手もある。
ポーション液が冷め切る前に、ドルフは瓶に移していく。そうしている間も頭が割れるように痛む。さっさと布団をかぶって寝たい。
調合室のドアがとんとんと叩かれる。見れば、シャリーンが開いたドアから顔を出していた。
「ドルフ! 大事なことを伝え忘れてたんだけど、今夜、あたしの家で宴を催すことになったの」
「……宴?」
何を祝う宴だろうか。収穫祭の季節には遠いが。
いぶかしげなドルフに、シャリーンは華やかな笑顔で言う。
「クナを無事に追い出した記念の宴、よ。盛大に祝う予定で準備してるから楽しみにしてて。夕の鐘が鳴ったら迎えに来るわ。――って……、あら?」
止める暇もなく、シャリーンが調合室に足を踏み入れてくる。
今さら隠せるはずもない。ドルフの手元には、青蓋のポーションがたった四本だけ転がっていた。
「……今日はこれだけなの? いつも青蓋のポーションを一日に二十本は並べてたのに」
ドルフは怒鳴りそうになるのを、唇を噛んで耐えた。
(この四本を調合するのに、俺は……二日もかけたんだぞ)
だが、そんな恥ずかしいことを口にできるわけがない。
そして、ひとときの激情に身を任せればすべてが終わる。ドルフはふぅと息を吐くと、こめかみを押さえるような仕草をした。
「あんまり体調が良くなくてな」
「確かに顔色は良くないみたいだけど、でも……」
シャリーンはまだ何か言いたげだ。
これ以上詮索されると、クナの件がばれる可能性がある。
「宴には顔を出すよ。店を開ける時間だから、そろそろ出て行ってくれ」
努めて優しく促すと、シャリーンは店を出て行った。
オープンプレートを掲げ、カウンターに座り込むドルフの願いはたったひとつだ。
――この四本のポーションが、クナのポーションと遜色ありませんように。
しかしその願いがどれほど難しいことかも、心の奥底では分かっていた。
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