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【7/17コミック②】薬売りの聖女 ~冤罪で追放された薬師は、辺境の地で幸せを掴む~【ノベル2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部

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第11話.魔獣の来襲

 


 翌日の朝。

 クナは寝ぼけ眼をこすりながら、むくりと身体を起こした。


 洞窟の入り口には明るい日の光が射し込んでいる。

 洞窟内には寝返りも打たずに男が寝ている。その隣では銀狼が丸くなっていたが、クナに気がつくと片目を開けていた。


「……もう朝か」


 森で迎える三度目の朝。

 大量の木の葉を運んで作った手製のベッドは、意外と柔らかく寝心地が良かった。

 クナは鬼ではないので、男にも同じようにベッドを敷いてやった。その甲斐あってか、寝顔は昨夜見たよりもいくぶんか穏やかに見える。傷は問題ないが、疲労からか目を覚まさない。


 ふわぁ、と欠伸しながらクナは洞窟を出て行く。

 洞窟の入り口には、ぴんと張った蔓が張り巡らされている。引っ掛かると、頭上から岩が連動して降ってくるようにした。単純な魔獣用の罠だが、仕掛けが発動した形跡はなかった。


 近くの沢で顔を洗い、目やにと眠気を取る。

 顔を拭くタオル代わりの布は、男の着ていたマントの切れ端だ。治療代としては不足も不足なので、気にせず有効活用するクナだった。


 朝食にはサフロの実を二つ丸かじりする。

 六つ持ち運んでいたサフロの実は、昨日の昼にひとつ、夜に二つ平らげた。

 甘いサフロの実はクナの好物ではあるが、こればかり食べていると他の食事が恋しく感じられた。


 残ったひとつは、男の傍に置いておく。暗く冷たい洞窟内であれば、腐らずに保つだろう。


「そろそろ出発しないと」


 夜は多くの魔獣が活発になる時間帯だから身動きが取れない。

 朝昼の間に距離を稼いで、さっさと森を抜けたい。特に昨日は男の世話で時間を潰している。男が目を覚ますまで待ってやる義理はない、とクナは思っている。

 怪我は治した。飲み水を補給し、食料も分けてやった。


 薬師であるクナにできるのはここまでだ。


(冒険者なら、あとは自分でなんとかして)


 装備からして物見遊山の若者ではないようだし、自力で森を出られるだろう。

 カゴを背負い、立ち上がったクナの足元に銀狼が寄ってくる。


「一緒に来るの?」


 てっきり銀狼は男についていくのかと思っていた。

 だが、クナを見上げる金色の目は揺らがない。すでにクナについていくと決意しているかのようだ。


「じゃあ、行こうか」


 その場から離れるクナは、背後の男が小さな呻き声を上げたのには気がつかないのだった。



 ◇◇◇



 洞窟を出てから、銀狼の動きは活発だった。


 たったと軽快に森の中を駆け抜けては、クナをちらりと振り返る。

 人間の少女であるクナにもなるべく歩きやすい道を選んでいるようだ。やはり魔獣とは異なり、高い知性を有しているらしい。


 その先にまた瀕死の冒険者が待ち受けているのではないか、と気が気でないクナだったが、大人しく狼についていくことにしたのは、他の獣とは違うものを狼に感じていたからだ。

 間もなく驚くべきことが起こった。狼が思わせぶりに立ち止まったところには、何かしらの珍しい素材、あるいは食料が待ち構えていたのだ。


 今日も何度目のことか。

 立ち止まった狼がくいと鼻先で示す先――切り株や幹の上にぽこぽこと生える茸の群生地を発見し、クナは顔を輝かせた。

 駆け寄ったクナは、めいっぱいに香りを吸い込む。


「……いい香り。コグタケとトゲタケの密集地だ」


 コグタケは張り出した茶色い傘が船の形に似ていることから、そう呼ばれる。

 トゲタケは全身が白く、茎にはちょこちょこと棘のような突起がある。この棘も、落とさずとも問題なく食べられる。特に栄養が詰まった部分だ。どちらも食用に適している。


 傘の裏を確認するが、土や泥も跳ねていなかった。

 ほくほく顔のクナは、膝を折って切り株の前にしゃがみ込むと、根元からもぎ取って茸を採集していく。大量の茸が生えていて、いくつ獲ってもキリがないくらいだ。


 食用の茸と、毒のある茸の判別は素人には難しい。

 だがクナはあらゆる薬草や茸について、マデリから直接教えを受けてきた。

 その中には『死の森』で実際に触り、嗅ぎ、口に入れた素材がいくつもある。中には毒茸や毒のある草もあった。身体で覚えたことは、知識としても素早く、確実に定着していった。


 マデリは自作の図鑑をいくつも作っていた。図解や細かな解説つきの分かりやすい図鑑で、クナも何度か作成を手伝ったことがある。

 全ての図鑑はマデリの死後、ドルフが二束三文で行商人に売り飛ばしてしまったが……すり切れるほど読み込んだクナの眼裏には、そこに書かれていた全てがいつだって鮮やかに甦る。


「今日はきのこ鍋にしよう」


 ぐふふ、とクナはほくそ笑む。

 鍋は背負いカゴに蔓でぐるぐると巻いてぶら下げている。カゴはそれなりに重くなってきたが、きのこ鍋のことを思えばなんでも耐えられそうだ。


「あんた、きのこなら食べるの?」


 ふんふん、と鼻を鳴らし、切り株のにおいを嗅いでいる狼に話しかけてみる。

 昨日出会って以降、一度も狼が何かを食べたり飲んだりするところを見ていない。サフロの実にも見向きしなかった。


(生物なんだから、食べ物は必要不可欠だと思うんだけど)


 もう一度、話しかけようとしたときだ。


 ――ぴん、と狼の二つの耳が立っていた。


 クナは息を止めた。

 ゆっくりと、そして小さな呼吸へと意識的に切り替える。

 中腰の姿勢のまま、耳元に意識を集中させる。


 びゅうと吹く風の音、木の葉が揺れる音、沢のせせらぎの音……それらに紛れて、異質な音が聞き取れた。


(魔獣……)


 のし、のし、と大きな足音が、クナたちに近づいてきていた。




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