第10話.即席ポーション作り
男を助けることにしたクナは、さっそくその近くに竈を作っていた。
調合釜と異なり、魔法の助けとなる魔法陣の刻まれていない鍋だ。
火を安定させるため、まずは竈がないと話にならない。
竈作りも、森での生活で慣れたものだ。
手頃な石を集めてきたクナは、平らな地面にそれを積み上げていく。火の通り道となる縦穴と、薪をくべるための横穴を作れば、すぐに竈はできあがった。
靴の中のゴミと乾いた小枝を火種として用意する。
炎魔法を使えば、すぐに火種が勢いよく燃え上がっていく。太い枝に火を移しながら、石の上に鍋を置く。
鍋の中には、すでにまばらに砕いた薬草とキバナが入れてある。
乳鉢の代わりはそのまま鍋、乳棒の代わりは拾った枝だ。枝は表皮を剥ぎ取り、魔力水でしっかりと洗ったので、衛生的にはぎりぎり許容範囲内だろう。
水魔法で魔力水をどばどばと注いでいく。
木べら代わりに使うのも、やはりそこらへんに落ちていた太い枝だ。……以下略。
森の中での即席ポーション作りである。いろいろ限界はあるのだ。
(ぐるぐる、ぐるぐるーっと)
木べら――ならぬ枝で中身をかき混ぜながら、魔力を注ぎ込んでいく。
そうしながらときどき燃料となる枝を足して、火の大きさを調節する。普段より作業の難易度は高いが、集中して食らいついていく。
その間、狼は男の傍らに座り、じっとクナを見つめていた。
――およそ十分後。
「……できた、中級ポーション」
ふぅ、とクナは汗ばんだ額を袖で拭う。
レシピはマデリに聞いて知っていたが、自分で作ってみるのは初めてのことだ。
ポーション液の粗熱をとってから、味見してみる。
とろりとした粘性の液。薬草とキバナが混じっているので、色は緑ではなく、濃いめの青色だ。
いつものポーションと味が違うのは、キバナが入っているのと、味つけにサフロの実から絞り出した水分を使ったからだ。
「あー、甘……」
それだけではない。草むらで裂いた手首の傷が、あっという間に塞がる。
見下ろしていたクナは、小さく首を傾げる。
「……成功、っぽい?」
はぁ、と息を吐く。
いつも作る初級ポーションさえ外れと呼ばれ、蔑まれてきたクナだ。それよりも難易度の高いレシピを成功できるとは思っていなかった。
だが成功による喜びよりも不安が大きいのは、男の傷の具合からして、中級ポーション程度では回復が追いつかない気がしたからだ。
「でも、今はこれが限界か」
どちらにせよ上級ポーションの材料はないし、クナの腕ではそもそも作れない可能性が高い。
小瓶がないので、クナは男の水筒を借りてくる。
逆さまにして中身をこぼすと、鍋ごと両手に持ち、できたばかりのポーション液を注いだ。
そうして、男の下に寄っていく。
灌木に寄りかかっているおかげで、だいぶ飲ませやすい。これなら窒息の心配はないだろう。
男の口を力尽くで開き、クナはポーション液を流し込んだ。
「はい、飲んで」
と言いつつ、有無を言わせず飲ませていく。
がぼっ、とやや変な音も聞こえたが、喉の動きを見ればちゃんと嚥下できているようだ。
(よしよし、順調)
回復量に不安があったので、作った分はすべて飲ませることにする。
鍋と男の間を何度か往復する。どちらも空になった頃には、目は覚まさないものの男の呼吸はだいぶ穏やかになっていた。
大きな傷はさすがに治らないだろうから、傷口には塗り薬を使うつもりだった。
幸い森の中は薬の材料に恵まれている。時間はかかるが、ポーションで底上げされた本人の回復力も合わされば、数日ほどで回復するはず。
しかし男を見下ろしていたクナは、驚いて目を見開いた。
「って……傷、塞がってる?」
慌てて服をめくって確認するが……やはり男の顔の傷、肩から腹部に広がっていたはずの傷が、跡形もなくなっている。
(調合がそれだけ上手くいったってこと?)
それにしても、中級ポーションで回復できる傷とは思えなかったが……。
だが、治ったなら万々歳だ。クナはおもむろに、男の身体に引っ掛かっているマントを剥ぎ取った。
……振り向くと、狼から、やや責めるような視線を感じる。
ぶんぶん、とクナは頭を振る。
「違う。追い剥ぎとかじゃないから。これはタオルとして使うの」
言い訳しつつ、クナは皮革の水筒を逆さまにして破いたマントを濡らす。
水源には困らない。ここで飲み水を少し失っても、大した痛手ではない。
クナは男の汚れた顔と身体を拭ってやる。
血を拭き取るとようやく、それがずいぶんと見目の整った若い男だと気がついた。
金に近い、茶色の髪の毛。
凛々しい眉。整った鼻筋に、薄い唇。目の色こそ開いていないから分からないものの、とんでもない美丈夫だ。
立っていれば、背はクナが首を痛めて見上げるほど高いだろう。がっしりとした筋肉質な身体からは、よく鍛えていることが窺える。冒険者としても、それなりに優秀なのだろうか。
(年齢は……兄さんより少し若いくらい?)
ドルフの不遜な顔つきを思い出すと、クナの手には力が入ってしまう。
男が顔を顰めた。皮膚にクナの爪が食い込んでいるのだ。あ、ごめん、と小さく謝るクナである。
(そうだ。火を消す前に、ついでにスープでも作れば良かったな)
もちろん、クナが自分で飲む用のものだ。
サフロの実は美味だが、そろそろ温かい食事が恋しくなってきていた。
せっかく鍋が手に入ったのだ。明日には絶対にスープを作ろう、とクナは心に決めた。無論、もう鍋は自分のものだと決めている。
男の身体を拭い終わると、脱がしていた衣服を着直させる。
手元が暗くなっている。空を見上げれば、いつの間にか完全に日が落ちていた。
集中していて、時間感覚が失われていたらしい。クナの全身を疲労感が覆っていた。
待っていたかのように狼が寄ってきて、すぐ傍にしゃがみ込む。男を乗せろ、と言っているようだ。
小柄なクナは、どうにかして男の両脇を持ち上げると狼の上に乗せた。
長い足をずりずりと引きずりつつ、狼がゆっくりとした足取りで向かう先には小さな洞窟があった。
クナはついていきながら、空っぽになった男の水筒に沢から汲んだ水を入れておいてやる。
追いついたときには、生き物の気配がない洞窟の奥側に男が横たえられていた。その傍らに、水筒を置く。
疲れ切ったクナはその場にしゃがみ込んだ。
男の周りをうろうろ歩く狼に、そっと声をかける。
「ありがとうね」
お礼を言うクナに、狼は不思議そうな顔をする。
だがそれは、クナの心からの感謝の言葉だ。
困っている人が居たら助ける。
そんな当たり前のことを――薬師として当然のことを、すっかり忘れきっていたのだから。
「私、もう少しで薬師じゃなくなるところだった」
誰にも必要とされず、誰からも感謝されないクナ。
けれど、自分のことにかまけて目の前で苦しむ人を放っておくなら、それこそもう薬師とは呼べない。
「あんたのおかげで大事なことが思い出せたよ」
くるる、と狼が柔らかく喉の奥を鳴らした。クナに応えたようだった。
「でもタダ働きは勘弁。どうやってこの人から報酬もらおうかな」
『…………』
はあぁ、と残念がって溜め息をこぼすクナを、狼は呆れるような目で眺めていた。







