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「そして生まれた子であるあなたも、婚外子の子として、貴族とはみなされない。そしてここからが重要ですが……婚外子の制裁法は、孫まで殺せと規定していない」
婚外子の制裁は、不義を行った親と、婚外子自身の子、その三代にわたって適用される。そのことはヘルジュも知っていた。
しかし、一族を根絶やしにする法でないことも知っていた。
孫のヘルジュには適用外だとエイノが言うのなら、おそらくそうなのだろう。
「死罪となるのは、あなたの父と、あなた自身だけのはずだった。それでもあなたは、ヘルジュの存在からその事実が明るみに出るのを恐れて、彼女を修道院に追いやった。そして人から怪しまれるのをおそれ、王都からも遠ざかった。これがことの真相でしょう。アーレ伯爵。何か申し開きがありますか? 死罪となる前に聞いておいてあげましょう」
父親は開き直ったのか、奇妙なくらい目が据わっていた。
「すべてでたらめだ。父も紫の目をしていた証拠くらい、出そうと思えばいくらでも出せる」
「そうでしょうね。捏造しようと思えば簡単です。代々の領主に脅されれば、大抵の領民は証言なんかいくらでも変えてしまう」
エイノはそこで、馬の鞍にくくりつけていた銃を取り出した。
「ではこんな捏造はいかがですか? 私は妻が暴漢に襲われているのを目撃し、慌てて撃ったが、当たり所が悪く死んでしまった。それが彼女の父親だなんてまったく知らなかった」
エイノは薄く笑っている。
「剣でも構いませんが。どちらが楽だと思いますか? 私の経験では、銃の方が苦しむ時間が短いようでしたよ。戦争で数多く実践してきましたので」
ヘルジュはエイノを恐れて、一歩後ずさった。
本気の目をしている彼に下手なことを言えば、不興を買うかもしれないと思うと、ひと言も発せなかった。
父親はすばやくエイノを見回した。小柄な父との体格差は明らかで、おそらく脅威を感じていることは、緊張した顔色から読み取れた。
無表情に銃に弾をこめているエイノを見て、父はどう思ったのだろう。
「わ、分かった! 私は決して婚外子の呪われた子孫などではないが……社交界で名を馳せるあなたの言うことなら、本気にする人も出てくるだろう。醜聞は、避けたい」
父なりの、必死の命乞いだった。
「どうだろう、ここはひとつ、アーレ伯爵家にまつわる噂はここだけの秘密として、全員で口をつぐむ、というのは……もちろん、私もヘルジュに関して話を広めるようなことはしない!」
「信用なりませんね。ここで始末した方がよほど早い。あなたは自分の手で娘を始末しても悪くないと言いましたが――」
エイノは明らかに怒った様子で、冷然と父を見下ろしている。
「――ならば、お前が始末されればいい」
ぞっとするほどの恐ろしい声だった。
「しゃ……謝罪する! もう娘には手を出さない! あなたのおかげでよく分かったよ、この子は私の嫡出子で、先妻も不倫などしていなかった! 誤解から少々手荒なことをしたことは心から謝ろうじゃないか!」
エイノはそこで初めて、銃を構える手を少し下げた。
「あなたが約束を破らないという証拠は? 保証できるものはありますか?」
「あ……あるわけないだろう、だがあなたに社交界で私が婚外子の子孫だなどと噂を広められたら、最悪で死罪だ! この状況でわざわざヘルジュに手を出すメリットがあるか!?」
「それもそうですね」
エイノは銃身を下げたまま、冷たい灰の瞳で父親を見下ろした。
「では、ヘルジュを害そうとしたその腕だけで見逃してやるか」
彼は銃を構え直し、間髪を容れず発砲した。
父親には避ける暇すらなかっただろう。
彼の手は銃弾を受けて、跳ね上がった。
ヘルジュは恐ろしくて、反射的に下を向いて目をつぶった。見えない中で父親の絶叫がこだまし、あえぎ声だけが聞こえてくる。
「手当てはしてやる。死なれてもヘルジュが泣くだろうからな」
そしてエイノは馬車に父親を担ぎ込んで、ヘルジュも乗せ、修道院に向けて手綱を引いた。
◇◇◇
エイノが修道院にまで戻ると、院長が取り乱した様子で何かを喚いていた。
エイノはことの次第を短く説明し、彼女を落ち着かせた。修道院長にまで罰が及ぶことはないと分かるや否や、彼女は気味が悪いくらい優しくなって、何でもエイノの言う通りにしてくれた。
父親の看病は他の修道女たちがしてくれることになり、ヘルジュはエイノと一緒に、別室へ行った。
「無事でよかった」
エイノが固く抱きしめてくれ、ヘルジュは泣きそうになった。誰も助けてくれないと思っていたのに、エイノはこうして来てくれた。
「どうして何も相談せずに来たんだ」
ヘルジュはつい、言えるわけがないと思ってしまった。死罪にされるかどうかの瀬戸際だったのだ。それでも心配をしてくれたことがうれしくて、無言でしがみついた。
そこでふとヘルジュは疑問を持った。
「そういえば、エイノ様はどうして祖父のことを?」
「調べさせた。……お前には悪いと思ったが、父親とどういう関係なのかが気になって」
(やっぱりエイノ様は、私に不信感を)
すうっと背筋が冷たくなる。
「しかし誤解しないでほしいんだが、私はヘルジュを追い込もうとは思っていなかったんだ。どうすれば力になってやれるのかが知りたかった」
エイノの言葉は予想外すぎて、意味が心に浸透するまでしばらくかかった。
「……私、出生が知られれば、嫌われて追い出されるとばかり思っていて……」
「馬鹿だな」
エイノはより強く抱きしめてきた。
「この世の何よりも愛していると言っただろう。お前のためなら道理だって曲げてやる」
「エイノ様……」
ようやく実感が湧いた。彼は確かにヘルジュを守ろうとしてくれていたのだ。安堵とともに涙が込み上げてきて、こぼれ落ちる。
この世にヘルジュの味方などひとりもいないと思っていた。エイノとも、そばにいて支えてあげられれば十分だから、何も期待しないでいようと思っていた。
でも、満たされてしまうと欲が出る。
「エイノ様が、私の力になりたいとおっしゃってくださるのなら……」
「何でもする。何でも聞くよ」
「……好きでいることを、許してほしいです」
勇気を振り絞って開いた口からは、情けなくか細い声が出た。
思いを言葉にしてみて、改めて自分に驚く。
(私、ずっとエイノ様のことが好きだったのですね)
なんとなく許されないような気がして、意識に上らせることもなかった。不義の汚れた子などが近寄ることも敵わないような相手なのだと、いつも諦めていたのだ。
「手ぬるい。どうしてそう欲がないんだ。これからもずっと守ってほしい、ぐらいは言ってくれ。まあ、そこがヘルジュの可愛いところなんだが」
おかしな叱り方をされて、ヘルジュはくすりとした。笑みがこぼれるくらいには、ゴタゴタの緊張も解けてきたのだった。
ヘルジュは背の高い――高すぎるエイノを見上げていて思う。背伸びしても届かない。
「エイノ様、ちょっと、お耳を」
手招きして、身をかがめてもらった。
エイノは許してくれると言ったし、ヘルジュが勝手な行動をしても構わないだろう。
ヘルジュはドキドキしながら、そっと頬に口づけをした。
すると、すぐに唇を奪われる。
たくさんキスをしてもらいながら、しばしの間、幸福でとろけそうな時間を味わったのだった。




