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「私……お茶会を開いてみたいんです。エイノ様の……つ、妻として」
シルヴィアは「まあ」と言ったきり、しばらくヘルジュをじろじろ見ていた。
「よろしいのではないですか。誰か招きたい友達はできたのでしょうね?」
「……い、いえ……」
人並みにならなければと焦りが募って、肝心の招く人を考えていなかった。
シルヴィアは呆れた顔つきになった。
「それではどんなお茶会もうまくいきませんよ。まずは人が用意してくれた席に出て、気の合う友達を見つけてごらんなさい」
「はい……そうします」
いきなり主催するのは難しくても、場数を踏んでいけば慣れるかもしれない。
(でも、私、お友達なんて作っても……)
いつか姿を消す人間が、足跡をたくさん残していくのはマズいだろう。
(……私のようにつまらない人間は、きっと誰の印象にも残りませんよね)
目立たず、無難に、作法さえマスターすれば、あとは無理をしなくていいのだ。
「あの……どこのお茶会に出席したらいいでしょうか?」
シルヴィアはやれやれと大げさにため息をつく。
「お前は鈍くさいですからね、どれ、私が二、三お膳立てをしてあげましょう」
「シルヴィア様……! ありがとうございます」
頼もしい助っ人を得た。
シルヴィアは口こそ悪いが、本当はとても優しい人なのだ。彼女に面倒をかけている分、せめて少しくらいは成長したいと、改めて思った。
◇◇◇
お茶会、ダンスの練習と一緒に、ヘルジュは乗馬の訓練もさせてもらえることになった。
「狩りの同伴もお願いするかもしれんからな」
エイノが馬の手綱を引っ張ってきて、ヘルジュの横に立たせた。
大きく鼻息の荒い生き物の気配に、ヘルジュはビクリとする。見た目からして恐ろしい。
「横乗り用の鞍というのもあるが、付け方は同じだ。こうして毛布をかけてやってから付ける。脅かさないように、そっと乗せるんだ」
脅かしたら暴れるのだろうかとビクビクしているヘルジュをよそに、エイノはさっさと鞍を置いて、ベルトを締めてしまった。
「やってみろ」
ヘルジュは鞍を持たされて、途方に暮れた。ずしりと重みが手にかかる。
とても慎重にそーっとそーっと鞍を降ろしていき、馬体に触れた途端、馬が鼻を鳴らした。
ブシュルルル! と息を吐き出す音の大きさに、ヘルジュは心臓が止まるかと思った。
馬が首をぐりんと回して、ヘルジュを見る。凍り付くヘルジュに、馬が鼻面を近づけてきた。
ヘルジュはすでに半泣きだった。
「……そんなに怯えなくても、取って食いはしない。馬は草食だ」
「そ、それは分かっていますが……っ」
「いや、見ている分には面白いんだけどな。不安そうな顔など実にそそる」
エイノが薄笑いを浮かべながら高みの見物を決め込んでいるので、ヘルジュは誰も助けてくれないと悟った。
(な、なんとかやるしか……)
ヘルジュはもう一度鞍をそろーっと降ろした。
今度は大人しく置かせてくれた。
「ベルトも急に締めると馬が嫌がるから、ゆっくりな」
「は、はい……っ」
慎重を通り越してもたもたしているヘルジュに馬がしびれを切らしていななき、すったもんだの末に鞍もようやく設定できた。
「最初は踏み台から乗ればいい。最終的にひとりでまたがれるようになってもらうが」
やっと難題がクリアできたと思えば、また難題がやってきた。ヘルジュは小さいので、踏み台に乗っても全然馬の背には届かない。腕力もないので、よじ登るにも一苦労だった。
だからこそ、馬の背にちゃんと乗れたときは、ホッとしてまた泣きそうになってしまった。
「初めてにしてはなかなかだ。筋がいいんじゃないか?」
「い、いえそんな、滅相もないです……」
褒めそやされて照れくさかったが、ヘルジュは喜びで興奮していた。
(私にもできました)
馬の背にまたがった。たったそれだけ、ほんの小さなことなのに、こんなに楽しいものなのか。
怖くないと分かると、馬の温かい身体に、急に親近感を覚えるようになった。
エイノに手綱を引いてもらい、庭を何周かして、その日の練習は終わった。
「これなら自分で手綱を引けるようになるまですぐだろう。乗馬なんて、そんなに怖がるようなものではないんだ」
「はい……教えてくださって、ありがとうございます」
浮かれ気分で照れ笑いをしていたら、エイノが微笑ましそうに顔をほころばせて、長身をかがめてキスしてくれた。
可愛がってくれていることは、鈍いヘルジュにも感じ取れる。
(……うれしい。もっとがんばりたいです)
――ヘルジュは回数を重ねるごとに、乗馬のレッスンを楽しみにするようになっていった。
◇◇◇
冬に向けて急速に寒くなっていくころ、シルヴィアがお茶会を開いてくれた。
シルヴィアはこまごまとしたことまですべて取り仕切って、決して妥協せずに思い描いているテーブルセットを実現させ、美しい招待状を作った。
ヘルジュは感心しながら見ていただけだった。とても真似できる気はしないが、これが本来ヘルジュの仕事なのだ。しっかりしなくてはならない。
お茶会の当日、シルヴィアは美しく装った姿で、腰に手を当てた。
「いいですか、お前と気の合いそうな人たちを集めましたから、今日は余計なことを喋らずににこにこと話を聞いていなさい」
「はい、シルヴィア様」
「お前のいいところは愚かでも決して驕らないところです。黙ってそこにいるだけなら、誰の邪魔にもならないでしょう」
「分かりました」
シルヴィアの言うことを聞いていれば間違いはない。ヘルジュは緊張しつつも、少しだけ勇気を出せた。
シルヴィアが集めたのは主に彼女の知人やその娘、孫たちらしく、さまざまな年代の女性が一堂に会することになった。
「あらあ、久しぶりねえ」
「それはこちらの台詞ですよ。まだ死んでなかったのですか」
「あらあら相変わらず。懐かしいわあ」
再会を喜ぶシルヴィアたちの会話が続き、順番にお嬢さんたち(といってもヘルジュより年上だが)や、お孫さんたちを紹介してもらった。
「あらーお孫さん?」
「孫嫁ですよ」
シルヴィアに紹介してもらい、ヘルジュは「こんにちは」と小さく挨拶をした。
「見ましたよ、新聞で。お孫さん、若い頃のあなたにそっくりだったわねえ」
「ちーっともかわいげがありゃしない子ですよ。そんなところまで似なくてもよろしゅうございますのにねえ」
「うふふふ」
シルヴィアが暴露する戦神タアラのネタに、集まった人たちはのほほんと笑っていた。
ひとしきり挨拶が終わったあたりで、参加者のひとりがふとあたりを見回した。
「……あら? 今日はドレルさんはいらっしゃらないの? 絶対にいらっしゃると思っていたのに」
「……それが」
と言ったきり、シルヴィアが押し黙る。
ただならぬ雰囲気は、鈍いヘルジュにも感じ取れた。
「今ちょっと家の方が大変みたいよ」
「まあ、どうしたの?」
シルヴィアはあまり気乗りしなさそうに口を開く。
「あそこは孫がもうすぐ結婚だったそうですが、婚約する段になって急にお嫁さんが『その子は浮気相手の子だ』と」
ほのぼのしたお茶会は一気に凍り付いた。
「なんてこと……」
「どうしてまた急に?」
「死罪になるのが恐ろしかったのだと言っているそうですよ。浅はかなことですよ、まったく」
死罪――
ヘルジュは細かく震えそうになる手を、そっとテーブルの下に隠した。
(この国では、結婚外で生まれた子に爵位の相続をさせると死罪になる)




